【怖い話】フェイクドキュメンタリー

2021/02/24

フェイクドキュメンタリーは、ドキュメンタリー風にフィクションの映画を撮影する手法で、ホラーととても相性がいい。
ドキュメンタリー演出が没入感を高め、ありえない怪奇現象にもリアリティを与える。
『ブレアウィッチプロジェクト』に始まり、『パラノーマルアクティビティ』、スペインの『REC』、『グレイブエンカウンターズ』シリーズなど、この手法で撮影されたホラー映画のヒット作は数多く存在する。
商業映画だけでなく、ネット上には、色々なクリエイターが作ったホラーのフェイクドキュメンタリーがアップされている。
ネットにアップされたフェイクホラーは、ツッコミどころも満載だ。
素人設定なのに一切手ブレしない華麗なカメラワークを見せたかと思えば、異形の存在が映り込む時だけ絶妙なタイミングでカメラがパンしたりする。
そのようにフェイクが強すぎてちょっと笑ってしまう動画もあるのだが、中には本物の心霊動画かもしれないと目を見張るクオリティのものもある。

Xさんは、フェイクドキュメンタリー制作者の1人。
カメラを回しながら森を歩いて廃屋にたどり着くと幽霊に遭遇する、そんなフェイクホラーを学生時代からいくつも作っては、ネットで公開していた。
今時は、AfterEffectsなどの編集ソフトを使えば、簡単に幽霊でも怪物でも後から合成できてしまう。

ところが、ある時、Xさんはとんでもないミスをしてしまった。
誤って特殊効果を入れる前の編集中の動画をネットにアップロードしてしまったのだ。
予定では、カメラマンが驚いて振り返るタイミングで、髪の長い女性の幽霊を合成するはずだったのに何も映ってない状態だった。
なにもない空間に驚き悲鳴をあげて全力疾走で逃げるカメラマン。ホラー作品としてはあるまじき失敗だった。

公開して数時間でそのことに気づき、慌ててコメントを確認してみると、奇妙なことに、「怖かった」
「これはマジでヤバい」など好意的な書き込みばかりだった。動画もほとんどが高評価だ。
わけがわからずXさんはアップロードした動画を自分でチェックしてみた。
廃墟を1人探索するカメラマンが、怯えた言動を繰り返す。ここまではいい。3分ほどして、問題の箇所にきた。カメラマンが背後に気配を感じ、「えっ」と驚いて振り返る。それに合わせてカメラも一緒に動く。
そこには何も映っていないはずだった・・・。
ところが、映像を一時停止したXさんは言葉を失った。
・・・映っていた。
廃墟の奥の暗闇に、恨めしそうな人の顔がはっきりと映り込んでいた。
Xさんの手による合成ではない。
だとしたら・・・。
慌てて元の撮影素材データをチェックした。
ところが、素材データには、そんな顔は映り込んでいない。
編集ソフトを立ち上げ、データを確認してみたが、編集途中の素材にもやはり人の顔は映っていない。
だとしたら、アップロードした後に、顔が現れたということになる。
これはどういうことなのか・・・。
理解不能な現象を目の当たりにして、Xさんはゾワッとした。
一方、動画は人気となり、再生数はぐんぐん伸びた。意図せぬ心霊動画にも関わらず、たくさんの高評価がついた。
これほど不可解な怪奇現象ははじめてだった。
Xさんは、ひとまず、アップロードした動画はそのままにすることにした。

ところが一週間ほどすると様相が変わった。
「つまらない」「何も映ってないじゃん」という否定的なコメントが目立ちはじめた。
まさか・・・。
Xさんが再度動画を確認すると、映り込んでいた人の顔は消えていた。
ネット上で現れたり消えたりする顔。
そんなことがあるのだろうか。
信じられない気持ちだった。
視聴者にも共有したかったけれど、『本当に映り込みました』と発表すれば、今までの作品は全てフェイクと自ら認めることになる。
作り物というのは暗黙の了解ではあっても、大っぴらに言ってしまうのはクリエイターとしては迷う。
虚実が混ざり合ってこそ、こういう動画は面白いのだ。
境界線をはっきりさせてしまったら、もう誰も自分の作品を見てくれないのではないかと不安がもたげる。
なので、本当に怪奇現象が起きていたことは、誰にも話さず黙っておくことに決めた。
その日も、Xさんは深夜まで自宅の撮影部屋で一人編集作業にあたっていた。
イヤホンを耳に当て、デスクトップパソコンで動画素材を切り貼りする。
ルーティン化した作業にだんだんと眠気を感じ始めた。
深夜まで集中して作業していると、寝落ちして朝を迎えることが稀にあるのだが、今日もそうなりそうな気配だった・・・

フッとXさんは目を覚ました。
やはり少し意識が飛んでいたらしい。
30分ほど時間が経っていた。
けど、朝まで眠りこけなかったので、今日はいいほうだった。
ふと机に目をやると、なぜかビデオカメラが置いてあった。
さっきまではなかった、、、はずだ。
意識を失う前に何か作業をしてたかな?
Xさんは自分の記憶をたどってみたが、何も浮かばない。
カメラは、赤いランプが点灯していて、録画中だった。
やはり何かしようとしていたのか?
録画ボタンを停止して、何を撮影していたのか確認することにした。
録画は、夜の住宅街から始まっていた。
見覚えのある光景。
Xさんの自宅前の通りだった。
なんで家の前で撮影なんかしていたんだ?
自分の行動がよく思い出せない。
撮影カメラはXさんの自宅に向かって進んでいった。
玄関を開け部屋に上がると、廊下を進み、キッチンを超えて、真っ暗なリビングに到達した。
カメラがグルリと周囲を見回し、暗いリビングの様子を映し出す。
自宅紹介でもするかのような録画映像だ。
何をやってたんだ、俺は、、、?
Xさんは、自分の行動がよくわからなかった。
その後、カメラはリビングの隣の今Xさんがいる撮影部屋に向かった。
ドアを開けて、撮影部屋にカメラが入る。
その次の瞬間、Xさんは言葉を失った。
映像の中に、撮影部屋のデスクで眠っている自分の背中が映っていた。
ということは、この映像を撮影していたのは自分ではない別の誰かということになる。
カメラはゆっくりXさんに近づいていき、頭上を超え、机の上にソッと着地した。
その気配に、Xさんが目を覚まし、カメラの録画を停止するまでが記録されていた。
なんなんだ、この映像は・・・。
Xさんは急に寒気を感じだした。
カメラが机に置かれてからほんの数秒でXさんは目を覚ましていた。
なら、撮影者はまだこの部屋にいるのではないか・・・?
慌てて、部屋を見回した。
・・・誰もいない。
けど、本当だろうか、、、
この部屋のどこかで何かが息を潜めてXさんをうかがっていたとしたら、、、
Xさんはあまりの恐ろしさに取るものも取らず玄関に走った。
靴をつっかけながら、部屋を一度だけ振り返った。
・・・ソレはそこにいた。
真っ暗なリビングの闇の中、恨めしそうな人の顔がXさんを睨みつけていた。
その顔は、加工を忘れたフェイク映像に映り込んでしまっていた顔だった。
Xさんは、悲鳴をあげながら玄関を飛び出し、夜の住宅街をどこまでも走っていったという、、、

「しばらく家に帰りたくなかったね」
Xさんは、そう振り返る。
Xさんの身に振りかかった不可解な恐怖体験を収めた録画データはまだ残っているそうだ。
けれど、今後も公開をするつもりはないという。
なんの説明もしなければ寝ているXさんを映しただけの映像だし、説明したところで信じてもらえないのがわかるからだそうだ。
「これと一緒でさ、リアルな心霊動画って、ソレがなんなのか体験者以外にはわからないから世に出回らないのかもしれないな。そんな気がしたよ」
Xさんは、そう言って、苦笑した。

Xさんは、今でもフェイクホラーの動画制作を続けているという。

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