【怖い話】サブスクリプション・ホラー

「お化け屋敷をサブスクリプションで?」

Aさんは、向かいに座る小太りな男性に向かって、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
男性はイベント運営会社の社長で、彼の会社が得意とするのはお化け屋敷や脱出ゲームなど箱モノのアミューズメントを企画・運営することだ。
広告代理店に勤めているAさんが社長に仕事を発注してから、もうかれこれ10年以上の付き合いになる。
社長は嬉々とした表情で続けた。

「えぇえぇ。名づけてサブスクリプション・ホラーとでもいいましょうかね。コロナによって、うちの会社も倒産寸前になりましたでしょ。ようやく回復してきたとはいえ、もはや旧来型のお化け屋敷にわざわざ足を運ぼうという人がめっきり減ってしまいまして。炭酸ガスがプシューッと出て機械仕掛けの妖怪がバーンなんて時代遅れなんですかね。悲しいことです。3D立体音響がもてはやされたのも、もう随分前のことですし。かといってVRやメタバースとか最近のトレンドを取り入れて目新しい箱を作ろうとすればお金がかかってしようがない。まぁ、そもそも箱型のアミューズメントが難しくなってきたのかもしれないです。とにかく、もう、にっちもさっちもいかないんです。首をくくるかどうかってぐらい追い詰められてるんですよ、私。でね、予算をかけずに恐怖体験ができるサービスができないかって考えたんです。そこで、月額定額でお化け屋敷サービスができないかと、こう思ったわけです」
「お化け屋敷が月額定額というのはどういうことなんだい?」
「月1万円いただくだけで、身の回りで5つの恐怖体験を起こしてみせます。いつどこで起きるかは指定できません。内緒です。忘れた頃に日常に恐怖が襲いかかるんです。どうです?想像しただけで怖いでしょう?」
「つまり・・・社長は何をしようとしているんだろう?」
「あっ、わかりづらかったですよね、すいません。言い換えると、怖がりたい人と怖がらせたい人のマッチングサービスとでも言いましょうかね」
「怖がらせたい人?」
「全国、津々浦々。いるんですよ、そういう人達が」
「そんな人がいるの?」
「えぇ、いるんです。彼らが、サービスを申し込んだ人達を怖がらせにいってくれる、とこういうわけです。専用のシステムがありましてね、まぁ、ウーバーみたいなもんです。近くにサービス申し込み者がいると、お化け役が怖がらせにいってくれるんです」

また変なことを考えたな・・・。
Aさんの頭に浮かんだ感想はシンプルにそれだった。今時なんでもサブスクにしようとするが、お化け屋敷のサブスクなんて聞いたことがない。サービス内容にも色々問題がありそうだ。お化け役が派遣されて怖がらせにいくなどオペレーションがうまくいくとも思えない。

「どうです?Aさんも是非、お試ししてみませんか?怖いの好きでしょう?」

社長の言葉でAさんは現実に戻った。
久しぶりに連絡が来て会いたいと言われて来てみたら勧誘だったか。
社長には仕事で色々世話になっているし、無下に断るのも忍びない。
それにAさんがホラー好きなのも事実だ。
もともとはAさんが企画したホラーイベントの運営をお願いするため社長に仕事を発注したのが付き合いの始まりだったのだから。
内心、お金を捨てるようなものだと思ったが、Aさんは首を縦に振った。
「わかりました。お試しで1ヶ月やってみますよ」

数日もすると、Aさんは仕事に忙殺されて、サブスクリプションのホラーサービスに申し込んだことなどすっかり忘れてしまっていた。

そんなある日、取引先との会食を終えて夜更けに自宅まで帰っていると、通りに真っ白いワンピースを着て裸足の女性が立っていた。
ギョッとしてAさんは立ち止まった。
表情は暗くてうかがいしれないが何をするでもなく女性は立ち尽くしている。
近寄るのは怖くて、Aさんは道路の反対へ迂回して通り過ぎた。
しばらく歩いてから振り返っても、女性はまだ同じ場所に立っていた。
変な人だな・・・と首を捻って、はたとAさんは気づいた。
これがサブスクリプションのホラー体験か。
さっきの女性はAさんを怖がらせるためにわざわざあの場に立っていたというわけだ。
そう気づいて、Aさんは思わず吹き出しそうになってしまった。
これは、思いのほか、なかなか面白い趣向ではないか。
社長が言っていた通り、まさに、ふいに日常に恐怖体験が訪れるというやつだ。
社長の術中にはまってしまった。

それからAさんは、いつ驚かされるか、少し期待して構えて待つ様になった。
ところが、これがなかなか良くできているというか、残りの恐怖体験ははかったような絶妙なタイミングでやってきた。
ある時は、集中した会議の後、会社の男子トイレで女性のすすり泣く声がし(どうやって会社のセキュリティを突破したのかはわからない)、
また、ある時は、休日に家族と買い物をして帰るとカバンの中に女性の髪の毛の束が入っており、ある時は、深夜寝ていると窓の外から爪で引っ掻くような音がした(思わずもう少しで通報するところだった)。

どれも油断した頃に恐怖がやってきて、その度、Aさんは心臓が飛び出そうなほど驚き、自分が申し込んだサービスだと気づくと、恐怖は今まで感じたことがないような高揚感に変わった。
これはもしかしたら新しいアミューズメントサービスとして化けるかもしれない。
Aさんは、内心、社長を小馬鹿にしてしまっていた自分を反省した。
ビジネスチャンスの芽を感じ、Aさんは早速、会社に提出する企画書を作り始めた。

そうこうしているうちに、申し込みから1ヶ月近くたとうとしていた。
4つ目の恐怖体験は、ちょうど申し込みから1ヶ月目、奇声を上げる男性に数百メートル追いかけられるというリアルに恐ろしいものだった。

4つ目の恐怖体験が終わった翌日、夜更けに帰宅する途中、社長からAさんに電話が入った。
「Aさん。お疲れ様でした。5つの恐怖体験いかがでしたか?」
「いやぁ、驚きました。こんな大胆なサービス、よく考えましたね」
「すごいでしょう?怖いモノ好きにはたまらないと思うんです」
「このサービス、私の会社で正式にプレゼンしてみませんか?もしかするととんでもないビジネスに化けるかもしれませんよ」
「それはちょっと難しいですかねぇ」
「なんでよ、社長のところの会社だって立て直せるかもしれないよ」
「運営に私以外の外部の方を入れるのは難しいんですよ」
「一人で利益を独占したいのはわかるけど、うちも関われないかな?」
「お世話になったAさんのお願いとあればと思うのですが、こればっかりは・・・すみません」
「そう。もし考えが変わったら教えてよ・・・そういえば、月5つの恐怖体験と言っていたけど、結局、私は4つしか恐怖体験がなかったよ?」
「いえいえ、Aさんは5つちゃーんとコンプリートしてるんですよ。まぁ1つははじめから始まっていたとも言えますが」
「どういう意味?」
「よく考えてみてください。私、お金がないと申し上げましたでしょ。システム開発する資金なんてあるわけがないし、全国にいるお化け役のスタッフにタイミングよく指示を出すなんて、どうやったらできると思います?」
「・・・それは私も気になっていたところだけど、どういう座組みなの?」
すると、社長は少し間を空けてボソリと言った。
「・・・本物をね、使ったんですよ」
「本物?」
「えぇ、本物の死者です。正真正銘のお化け。報われない最期を遂げて悔いを残して死んだ方達です。お化けなら遠方だろうが関係ないですし、給料もいらないですしね。こんな最高の労働者はいませんよ」
「・・・冗談だよね?」
「さぁ、どうでしょう」
「あ、わかった。こうやって怖がらせるのが5つめの恐怖なんだね?」
すると、さっきまであれほど饒舌だった社長が黙り込んだ。
「・・・そうなんだよね、社長。ね?」
Aさんは早く恐怖を和らげて欲しくて何度も念を押した。
「Aさん、すいません・・」
「何が?」
「このサービスね、一つ欠点があって、途中解約ができないんです」
そう言うやブツッと電話は切られてしまった。
それから何度かけ直しても社長は電話に出なかった。
後日、Aさんは、社長の会社がとっくに倒産していて、当の社長は失踪して行方知らずだという事実を知った。

Aさんが会った社長は本人だったのか、それとも・・・。
その答えはいまだにわからない。
ただあれからずっとAさんを悩ませている問題がある。
「・・・このサービスね、一つ欠点があって、途中解約ができないんです」
あの時の社長の声はAさんの脳裏にこびりついて離れずにいる。
あれから、Aさんは毎月必ず5つの恐怖体験に襲われている・・・。
今もまだ継続中だ。

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