Kくんは、小学3年生の男の子。
実は、Kくんには誰にも言っていない秘密があった。
Kくんは学校に通う通学路を毎日少しずつ変えているのだ。
道を一本だけ変える日もあれば、遠回りして30分以上余計に時間をかけて家に帰る日もある。
同じ道順で帰った日は、この数ヶ月、1日としてない。
それには、ある切実な理由があった・・・。
Kくんだけにしか見えない「男の人」。
その男の人は、必ずKくんの登下校の道に現れた。
全身、黒い服を来て黒い帽子を被っていて、いつも俯き加減で道の端に立っている。
はじめは、「またあの人がいる」と、単なる偶然だと思っていた。
しかし、あまりに頻繁にKくんの前に現れるので、おかしいことに気がついた。
そして、どうも他の子達には見えていないようなのだ。
Kくんは、気味が悪くなって、男の人を見かけたら、道を変えるようにした。
ところが、しばらくすると、変えた通学路にも男の人が現れるようになった。
まるで待ち伏せをしているようにジッと立っている。
少しでも同じ道順の日があると、男の人はKくんの前に現れる。
だから、毎日、通学路を変えなければならなくなったのだ。
ある時、Kくんはお母さんにそのことを相談してみた。
すると、お母さんは、何も言わず黙って泣いてしまった。
お母さんは、あの男の人と知り合いなのだろうか。
Kくんは、まだ幼い頭で必死に考えた。
・・・思い当たることはあった。
Kくんにはお父さんがいない。
まだKくんが言葉を話す前に、お父さんとお母さんは別れたと聞いていた。
だから、Kくんはお父さんの顔も名前も知らない。
・・・もしかしてお父さんなのだろうか。
お父さんが心配してKくんの様子を見に来てくれているのだとしたら、毎日避けてしまっていたことになる。
Kくんは申し訳ない気持ちになった。
次の日、Kくんは、いつも避けている黒服の男の人に、思い切って自分から近寄ってみることにした。
そうしたら、向こうから何か話しかけて来るかもしれない。
距離が近づくにつれ、胸がドキドキした。
もう手を伸ばせば届きそうな近さまで来ると、はじめて男の人の顔が見えた。
その顔は、今にも泣きそうなほど寂しそうに見えた。
男の人がKくんに声をかけてきた。
「やっと、きてくれたね・・・」
「あの・・・」
Kくんは何を話せばいいのかわからなかった。
お父さんですか、という言葉が口から出てこない。
すると、男の人は、右手の通りの奥を指差して言った。
「あの道の先に曲がり角がある。そこに歩いて行きなさい」
なんでそんなことを言うのかよくわからなかったけど、Kくんはそうしなければならないような気がして、コクリとうなずいた。
言われた通りに住宅と塀に囲まれた細い路地を進むと、突き当たりに曲がり角があった。
左にしか道はないので、左に曲がればいいのだろう。
曲がる前に振り返ると黒服の男の人は、さっきと同じ場所に立ったままKくんの様子を見ている。
通りを曲がったKくんは、違和感を覚えて、ハッと立ち止まった。
この道、さっき曲がる前に歩いてきた路地と似ている・・・。
いや、そっくり同じだった。
周りの住宅も塀の細かいひび割れの感じまでそっくりだ。
曲がった先に、曲がる前と同じ道が続いている。
そんなことあるわけない・・・。
Kくんは怖くなって、ダッシュで走った。
またも突き当たりがあって、左側にしか道はなかった。
その角を曲がると、また似たような路地が続いていた。
いや、今度こそ間違えようがない。まったく同じ路地だった。
また走って同じような曲がり角を曲がると、同じ路地に出た。
そんなはずない!
Kくんは逆走を始めた。
一方通行だったのだから戻れば必ず元の道に出るはずだ。
Kくんは息を切らせて来た道を駆け戻り始めた。
今度は、曲がり角を右に曲がる。
曲がった先の路地を走って見えてきた角をまた右に曲がる。
けれど、いつまで走っても、同じ路地と曲がり角に出るだけだった・・・。
Rは、同じ路地と曲がり角を歩き続ける少年の姿を路地の入口から見つめていた。
Rの目には、少年が路地奥の曲がり角を曲がると、路地の入口に瞬間移動して戻ってきたように見えている。逆走してくれば、路地の入口から曲がり角まで瞬間的に戻る。
少年が迷い込んだのは、永遠に同じ路地と曲がり角が続く閉じた回廊だった。
出口はない。少年は永遠に囚われたのだ。
それ以上のことはRにもわからない。
Rは、悲しそうに俯いた。
いくら依頼とはいえ、非情なことをしたものだと自分でも思う。
少年は、経済的に困窮した母親が計画した一家心中の犠牲者だった。
少年は自分の死に気づいておらず、子供たちが大勢通う通学路にさまよい出ては近所の子供達を怖がらせていた。
その事態を問題視した学校が少年の対処を霊能者のRに依頼してきたのだった。
きっと少年は、学校が楽しかったのだろう・・・。
友達に囲まれ、みんなと楽しく過ごして。
だから、何度も何度も通学路に現れたに違いない。
少年には何の罪もないのに・・・。
Rは、ため息を漏らした。
けど、依頼を受けた以上は対処しないといけない。
そこは割り切って考えている。
この世には、祓えない霊が大勢彷徨っている。
それに対処するのがRの仕事だった。
願わくば早く成仏して、少年の魂に安寧が訪れて欲しい。
Rにできるのは、ただそう祈ることだけだった。
さぁ、次は母親の方だ。
Rは、静かな足取りで、次の現場へと向かっていった。
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