引きこもりの怖い話

 

会社の先輩のEさんは、中学校から10年ほど引きこもりだったといいます。
今では、そんな過去を抱えているようにはとても見えません。
面倒見がよく仕事ができる頼れる先輩です。
これは、そんなEさんが、ある時、私に打ち明けてくれたお話です。

Eさんが、引きこもりになったきっかけは中学校でのイジメだったそうです。
なぜ自分がターゲットになったのかはわからないといいます。
偶然だったのではないか、と今では思っているそうです。
思春期でみんなむしゃくしゃして何かしらに当たり散らしたかった。
たまたま、自分がその対象として選ばれてしまったのではないか、と。

Eさんは、不登校になり、自分の部屋でネットをしたりテレビを見たり漫画を読んで過ごすようになりました。
はじめは、早く学校に復帰しなければという葛藤があったそうですが、引きこもり生活を続けていくうち感覚も麻痺してきて、「自分のせいじゃないから仕方がない」と状況を正当化するようになったといいます。
Eさんのご両親は早くに離婚していて、Eさんはお母さんと2人暮らしでした。
はじめの半年ほどはお母さんもEさんを説得して部屋の外に出そうとしたそうですが、Eさんがまったく部屋から出ようとしないので、やがて朝昼晩の食事を部屋の前に置くだけで、何も言わなくなったといいます。

これではダメだという気持ちはありながら、お母さんと顔を合わせるのが億劫で、Eさんはお母さんを避けていたといいます。
こんな情けない息子で申し訳ないという罪悪感があったのかもしれないとEさんは言います。
幸いEさんの部屋がある二階にトイレもお風呂もあるので、顔を合わさずに暮らすことができたそうです。

1年が2年に、2年が3年にと時間が過ぎ、気づけば10年近くも引きこもり生活は続いていました。
1日も欠かすことなく、お母さんはEさんの部屋の前に食事を置いてくれました。

甘えているのはわかっていました。
こんな息子なら生まれない方がよかったと思われているに違いない、Eさんはそう考え、余計にお母さんと顔を合わせづらくなっていったといいます。

そんなある日のこと。
深夜逆転して朝方うつらうつらしていると、ベッドのすぐ近くで足音がした気がしました。
部屋には鍵をかけているはずなのに、お母さんが勝手に入ったのかと思い、Eさんはムカムカしてガバッと起き上がりました。
これだけ迷惑をかけていても、その当時のEさんはお母さんに八つ当たりするような狭い心しか持ち合わせていませんでした。
ところが、起き上がってみても、部屋には誰もいません。
内側から鍵はかかったままでした。
なんだろう、変なこともあるものだとEさんは思いました。
しかも、それ一回きりではなく、部屋の中で奇妙な足音を何度も耳にするようになりました。
怖くなったEさんはついに自分の部屋を出て、一階に降りていきました。
実に10年ぶりに階段を下ってリビングに向かったEさんを出迎えたのはあまりに衝撃的な光景でした。

テーブルに覆いかぶさるようにお母さんが眠っていました。
しかし、お母さんは眠っていたわけではありませんでした。
すでに亡くなっていました。
顔は半ば白骨化していて腐った肉片のようなものが辛うじて骨についているだけの状態でした。

Eさんは激しくショックを受け動揺しました。
お母さんの死も受け入れがたい事実ですが、それ以上にEさんを混乱させたのは、つい今朝までちゃんと食事がEさんの部屋の前に置かれていたことです。
いったい誰が食事を用意して置いていったというのでしょう、、、。

その後、Eさんの通報により警察の人や行政の人が家にきてEさんの引きこもり生活は天変地異のように根底から覆されました。
検死解剖の結果、お母さんは半年以上前に心臓発作で亡くなっていたことがわかりました。
亡くなってからの半年間も変わらず食事が用意されていたのは謎でしかありませんでしたが、
警察の人がEさんにこんなことを言ったそうです。
「お母さんが君を心配して亡くなった後も食事を用意してくれてたんじゃないのか。よっぽど君のことが心配だったんだろう。お母さんのためにも立ち直らないといかんよ」
たしかに部屋の中で聞こえた足音もお母さんの幽霊なのだとしたら納得いきました。
自分は死んでまでお母さんに迷惑をかけてしまったのか。なんて親不孝者だ。
その時、Eさんははじめて自分の弱さをきちんと認めることができ、大粒の涙を流して、心を入れ替えて真人間になろうと誓ったそうです。

今でも時折、Eさんの部屋で足音が聞こえることがあるといいます。
元気でやっているか、また辛い目にあって部屋から出られなくなっていないか、お母さんが確認しにきているのだろうと、Eさんは思っているといいます。

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