【怖い話】ぬいぐるみの家

某県に『ぬいぐるみの家』と呼ばれる一軒家があるという。

もともとは、N美さんという女性とその母親が住んでいた物件だそうだ。

その家は、N美さんの祖父の持ち物だった。
N美さんが生まれた時、すでに築50年以上経っていたような古めかしい日本家屋で、ひとりっ子だった母親が相続したものだという。
両親はN美さんが3歳の時に離婚していて、物心ついた頃からN美さんは母親と2人暮らしだったそうだ。

N美さんは、幼い頃からぬいぐるみが大好きな子供で、ぬいぐるみ一つ一つに名前をつけてご飯も一緒に食べるくらいかわいがっていた。
母親は仕事で留守がち。
寂しい思いをさせている負い目もあってか、何かあるたびにN美さんにぬいぐるみを買い与えていたという。

N美さんは、ただぬいぐるみを集めるだけでなく、ひとつひとつとても大切にしていたそうだ。
ケアは怠らず、定期的に洗濯をし、破れて綿が飛び出てしまった際はきちんと裁縫で修繕をおこなった。
「痛かったでしょう?」
それはまるで人に対するような接し方だったという。
N美さんにとって、ぬいぐるみは友達であり、家族でもあったのだ。

しかし、N美さんが社会人になって仕事を始めた頃、状況が一変した。

ぬいぐるみを友達として生きてきたような繊細な一面を持つN美さんにとって、仕事をする上での生々しい人間関係は苦痛でしかなかった。
次第にN美さんはストレスから食が細くなり、骨が浮くほど痩せ、ぬいぐるみと過ごす時間が長くなっていった。
休みの日には、部屋にこもって一日中、ぬいぐるみに話しかけている有様だった。
それでも母親はN美さんの個性だと思って対処しなかった。
しかし、その頃から、N美さんがおかしなことを言うようになった。

「知らない子がいるの」

覚えのないぬいぐるみがあるというのだ。
ぬいぐるみひとつひとつに名前をつけるほどにかわいがるN美さんだ。
把握してないぬいぐるみなどそれまで存在しなかった。
ところが、N美さんの知らないぬいぐるみがどこからともなくやって来てしまう、というのだ。
N美さんがとてもぬいぐるみを大切にしてくれるというのが、ぬいぐるみ達の間で噂になって広まっているからだろう、とN美さんは嬉しそうに母親に説明した。
確かに、その頃、ぬいぐるみの数が急に増えているのを母親も感じてはいた。
N美さんの部屋は足場がないくらいにぬいぐるみで溢れているし、部屋に収まりきらず、廊下にまでぬいぐるみが並び始めていた。
しかし、中には、薄汚れたぬいぐるみも混ざっていて、ぬいぐるみはN美さんが自分のお金で買い集めているとばかり思っていたが、どうやら拾ってきているものも混ざっているようだった。
それまで我が子かわいさで現実を直視していなかった母親だったが、自分で拾ってきているだろうに「知らない子がいる」とN美さんが繰り返す奇妙さに、ようやくN美さんがノイローゼになっているのではないかと考えるようになった。

N美さんを説得して、近所の神経科に連れていって薬を処方してもらうようになったが、N美さんの症状はよくなるどころか悪くなる一方だった。
気づけば、玄関先から洗面所まで、家中ぬいぐるみで溢れた状態になり、N美さんは母親にも心を閉ざし、ぬいぐるみとしか会話しなくなっていった。

そして、母娘での喧嘩が絶えなくなったある日、母親は身が凍る体験をした。
真夜中、ふいに目が覚めると枕元にN美さんが立っていて、なぜか、N美さんを囲うようにぬいぐるみが陣取っていた。
その時、ぬいぐるみの感情のないプラスチックの目玉が、なぜか怒っているように、母親には見えたという。
N美さんは、針と糸を手に母親にグーッと顔を近づけて言った。

「あんまりうるさいと口を縫いつけちゃうよ?」

そう言うや、N美さんはキャハキャハと子供のような笑い声をあげたという、、、

その後、N美さん親子がどうなったのか実はわかっていない。
ただ、家は空き家として存在し、大量のぬいぐるみが放置されて残っているという。
そのため、いつしかその家は『ぬいぐるみの家』と呼ばれるようになったのだそうだ。

噂が広まったせいか、今でも時折、玄関先にぬいぐるみが置かれることがあるのだという。
誰が片づけているのかわからないが、そのぬいぐるみは時間が経つとなくなるのだそうだ。
その様子から、誰かがぬいぐるみを置いていっているのではなく、ぬいぐるみが勝手にやってきて、新たな居住者として家の中に迎えられているのではないかと考える人もいるようだ。

また、数年前、肝試しで『ぬいぐるみの家』の中に不法侵入した怖い物知らずの若者達がいたという噂がある。
若者達は家から出てきた後、様子がおかしくなり、数名はしばらく精神病院に入院することになったという。
若者達は口々に「針と糸を持った女性に襲われそうになった」と証言しそうだが真偽の程はわかっていない。

もし、万が一、あなたが『ぬいぐるみの家』を見つけてしまっても、近づかない方が賢明かもしれない、、、。

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