【怪談】草津温泉の怖い話

2021/03/05

 

群馬県の山奥にある草津温泉は、
日本三名泉の一つに数えられていて、
名物の湯畑を中心に数多くの宿泊施設やお土産物屋が並び、
連日大勢の観光客で賑わっている。

これは、私が、そんな草津温泉で体験した怖い話だ。

数年前、
父の還暦祝いで、
私と姉と両親の4人で草津温泉旅行に行った。

私達が泊まる予定の旅館は湯畑から少し歩いたところにあった。
外観は歴史を感じさせる日本家屋で、部屋は広々とした和室。
姉妹で高い宿泊料を出しあった甲斐があったね、と姉と喜んでいた。

夕食を食べ終えると、お酒が飲めない姉と母は先に大浴場の温泉に入りにいった。
私と父は、テレビを見ながら、お酒を楽しんでいた。
数十分後、姉と母は大浴場から戻ってくるやいなや、不思議な話を語り出した。

二人が大浴場に行くと、他の利用客もおらず貸切状態だったという。
客室数がそれほど多くない旅館ではあるけど、それでも貸切は運がよかった。
温泉は少し緑がかっていて、微かに硫黄臭がした。
姉が温泉に浸かる前に頭を洗っていると、背後を誰かが通る気配がした。
母かと思い、小さく振り返ると、誰もいない。
たしかに気配がしたのに変だなと思ったけど、
そのまま頭を洗い終えると、内湯につかった。
お湯は熱く、少しピリピリする感じがした。
姉は母の姿を探した。
湯煙に人型のシルエットが見えた。
母かと思い、湯煙をかき分けるように進んだ。
ところが、一向に母と会えない。
そうこうしているうちに湯船の端に着いてしまった。
カラカラカラ、露天風呂に続くガラス扉から母が現れたのは、ほぼ同時だった。
姉が母に、今の不思議な体験について話すと、母もまったく同じ体験をしていた。
姉の気配に振り返ると、誰もいない。
姉の後ろ姿を追って露天風呂に行くと、姉はいなかった。
そもそも、それほど広くもない大浴場で、お互いを見失うだろうか。
狐か狸に化かされたのかもしれないね、と姉と母は首を傾げていた。

そんな話を聞いた後で、
1人で大浴場にいくのには少し抵抗があったけど、
有名な温泉地にきたのに温泉にはいらないのは嫌だった。
怖いなと思う気持ちをぐっとこらえて私は大浴場に向かった。

誰か他のお客さんがいてくれたらよかったけど、
私が行ったタイミングも貸切状態だった。

洗い場で、頭を洗っていると、背後に人の気配がした。
ペタペタと歩く音がするので、誰かいるのは間違いない。
ところが、目の周りのシャンプーを落として、
振り返ると、誰もいなかった。
・・・姉達が言ってたのはこれか。
身体は温まっているはずなのに、ゾクッと背中に寒気が走った。

早く出よう。
そう思って、急いで身体を洗い、内湯に浸かった。
聞こえるのは、掛け流しの温泉が流れるチョロチョロという音と、
蛇口から水が垂れるポタポタという音だけ。
じょじょに不安になってきた。
誰か来てくれないかな、そう思った。

その時だった。
ザバッ!と音がした。
まるで誰かが湯船から出たような音だった。
けど、湯船には私以外、誰もいない。
音の出所を確認すると、そのあたりだけ、
お湯が波打っていた。

寒気が増した。
この大浴場、やはり何か変だ。
私は急いで内湯から上がった。
露天風呂は諦めて、部屋に戻ろうと思った。

脱衣所に行こうとしてハッと足を止めた。
大浴場と脱衣所は磨りガラスの扉で隔てられていたのだけど、
その磨りガラス越しに、人影が見えたのだ。
磨りガラスの扉の前に立っているのに、
人影はなぜか大浴場に入ってこようとしない。
じっと立っているだけだ。
何かおかしい・・・。
早く大浴場から上がりたいのに、気味が悪くて出られなくなってしまった。

1分ほど待っても、一向に人影は大浴場に入ってこようとしない。
たまらなく怖かったけど、
我慢できなくなって、私は足を進めて、磨りガラスのドアを開けた。

・・・脱衣所には誰も立っていなかった。
人影は煙のように消えてしまった。
・・・もう嫌だ。
身体を満足に拭くこともせず、
急いで、浴衣を身につけた。
すぐにでも部屋に帰ろうと思った。

最後に、浴場内をチラと振り返った。
叫び声を上げそうになった。
内湯の湯船に、さっきまでは確実にいなかった、
いるはずのない女性が浸かっていた。

女性はこちらに背中を向けている。
私は震える手でスマホを取り出した。
幽霊がこんなにはっきりと見えるものだとは思わなかった。
すぐに逃げるよりも証拠を撮ろうと、その時なぜか思ったのだ。
震える指でカメラを起動した。
その瞬間、女性がグルリと振り返った。
白目だけの眼で私を睨みつけ、
威嚇するように歯を剥いた。

私は、転ぶように大浴場を逃げ出した。

部屋に戻る途中、父とばったり会ったので、
大浴場で何もおかしなことはなかったか尋ねてみた。
「特に変なことはなかったぞ。
話しかけてもまったく返事をしないじいさんならいたけどな」
と父は笑って言った。
・・・それって、と思ったけど、それ以上深掘りはしなかった。

やはり、この旅館の大浴場には何かがいるのだろう。
なぜ浴場に取り憑いているのかはわからない。
・・・幽霊も薬湯をするものなのだろうか。

#339

Twitterはじめました。
よろしければフォローお願いします。

-ホテル・旅館の怖い話, 怖い話