【怖い話】【心霊】のっぺりさま #195

2017/10/31

 

ある夏、田舎のじいちゃんの家に遊びにいった時のことだ。
畳と蚊取り線香のにおいがする居間で夕食を食べ終えると、酔いが回ったじいちゃんは、「夏だから、怖い話でもするか」といって、村に伝わる怪談を俺に話してくれた。

じいちゃんが暮らす村には、のっぺりさまという化け物が昔からいるのだという。
ある人は妖怪といい、ある人は悪霊だという。
結局のところ誰にも正体はわからない。
のっぺりさまは普段、地面に隠れている。
砂浜に隠れるエイのように、離れて見ても気づかない。
けど、近くで見ると少しだけ周りの地面と色や気配が違うので、気づく人は気づく。
・・・けど、のっぺりさまに気づいても、気づいたことを悟らせてはいけない。
のっぺりさまは人間に存在を気づかれることを何よりも嫌うから、もしものっぺりさまの存在に気づいているとばれたら、その人間はたちまち姿を現したのっぺりさまに飲み込まれてしまい、神隠しにあったようにこの世から存在を消されてしまうのだという。
「ほんとにいるの?のっぺりさま」
「ああ、じいちゃんも小さい頃、見たことあるからな。なーに、気づいても、知らんぷりしてればいいんだから、ちょろいもんだ」
子供の俺は心底震え上がり、そんな俺の反応を見て、じいちゃんは愉快そうに笑っていた。

その翌日、じいちゃんと近所の川原に魚釣りに行ったのだけど、俺はのっぺりさまがそこらに隠れているのではないかと気が気でなかった。
注意深く川原の地面を見つめ、雲が作る影にまで、ビクビクしていた。
「おーい、魚が逃げちまうぞ」
先に川に入っていたじいちゃんが急かすようにいった。
じいちゃんがのっぺりさまの話をしたせいじゃないか・・・。
俺は苦々しい気持ちでじいちゃんが待つ川辺へと急いだ。
その時だった。
視界の隅を、何かが通った気がした。
草むらから虫でも飛び出たのかと思ったけど、そうではなかった。
・・・何か異質なモノの存在に俺の意識は気がついていた。
草むらの葉がざわついた。
よく見ないと気がつかないが、地面の色あいが周囲と違う場所があった。
歪な楕円形をしたそいつは、影より淡く、目を凝らさないとわからないが、ゆっくり前進している。
・・・のっぺりさまだ!
本当に現れた。俺は息ができないほどの恐怖に襲われた。
俺のただならぬ様子を見て、じいちゃんも気がついたらしく、抑えた小声で言った。
「後ろ向け、絶対見るなっ」
俺はガクガク震える足でのっぺりさまに背中を向けた。
けど、背を向けたことで、のっぺりさまがどこにいるかわからず、余計に怖くなってしまった。
身体中、汗びっしょりで、小便を漏らしそうだった。
1分が1時間くらいに感じられた。
いつまでこうしていればいいのか。
「じいちゃん・・・」
助けを求めるようにじいちゃんを見た。
「しっ。じっとしてろ」
まだ、のっぺりさまはいるらしい。
急に背中にゾゾゾと悪寒が走った。
鳥肌が一気に立った。
すぐ近くにのっぺりさまがいる・・・。
俺の足元の地面が、水をかけたようにじわじわと色が変わっていく。
のっぺりさまがきた・・・。
叫んで逃げ出したかった。
深いため息のような音が背中から聞こえた。
生暖かい息のような風を首すじに感じる。
のっぺりさまが俺をうかがっている。
疑ってるんだ、俺がのっぺりさまに気づいているんじゃないかと・・・。
もうダメだ!そう思った瞬間だった。
「おい、こっちだ!」
じいちゃんが釣竿でバチャバチャと水面を叩いた。
背後の気配が消えたのと同時に、じいちゃんの身体が川の中へ引きずり込まれるように消えた。
・・・あまりに一瞬のできごとだった。

じいちゃんが発見されることはなかった。
釣りの最中の水難事故ということになった。
父親も母親も俺の話を信じるはずがなかった。
ただ、何人かの村人は心得たように、俺を励ましてくれた。
「怖かったろうな」と。

じいちゃんは俺を守ってくれた。
大人になった今でも感謝と申し訳なさを感じている。
・・・のっぺりさまとは一体なんだったのか。いまだに謎だ。
ただ、のっぺりさまがいるのは何もじいちゃんが暮らす村だけじゃないらしい。
先日、都内でも俺はのっぺりさまを見かけた。
地面の色に違和感を覚えたら、どうかくれぐれも気をつけて欲しい・・・。

-怖い話, 民間伝承