北野異人館の怖い話

兵庫県にある新神戸駅から歩いて10分ほど。
神戸の街と海を望む高台にいくつもの洋館が建っている。
北野地区は19世紀に居留地として整備され、何軒もの外国人住宅が建てられた。
最盛期には300軒ほどの洋館があったそうだが、戦火や老朽化によって、今では30軒ほどにまで減ってしまった。
保存された一部の建物は見学できるようになっており、北野異人館と呼ばれる観光名所となった。
異人館訪問のメインストリートである北野通りには雑貨店や軽食店が並び、連日、観光客で賑わっている。

これは、そんな北野異人館でKさんが体験した怖い話。

Kさんは、中規模メーカーで働く20代の女性。
ある年、Kさんは会社の社員旅行で神戸の北野異人館を訪れ、同じ事業部の気心知れた女子メンバーと各異人館を巡った。
NHKでドラマの舞台となり話題になった風見鶏の館をはじめ、萌黄の館、うろこの館と有名な異人館を順番に見学していき、次で最後にしようと入ったのが山手八番館という異人館だった。

山手八番館には、「サターンの椅子」という有名な2脚の椅子の展示があった。
ローマ神話の五穀豊穣の神サターンの彫刻が施された不思議な一組の椅子で、豊穣をもたらす神の名に因み「願い事が実り叶う椅子」と伝えられているのだそうだ。

占いや願掛けが大好きなKさん達はかわりばんこで椅子に座って願いごとをすることにした。
「Kちゃん、なにを願ったの?」
Kさんが椅子に座って立ち上がると、一年先輩のJさんが尋ねてきた。
「もちろんお金です。Jさんは?」
「私は出会いがあるようにって」
Jさんはお酒が入るたび2年も彼氏がいないと必ず嘆いていたので、そうだろうなとKさんは苦笑しそうになった。
「私はダイエット成功できるようにって願った」
お腹を押さえながらそう言ったのは、Kさんと同期入社のYさんだ。
「叶うといいね」「期待しないで待ちましょ」
ワイワイと盛り上がりながら、Kさん達は山手八番館を後にして集合場所に向かって行った。

社員旅行は終始そんな感じに飲んで遊んで楽しく時が流れていった。

社員旅行を終えて数週間後。
Jさんに彼氏ができた。
道端で声をかけられたようで要はナンパだった。
あまりのタイミングの良さにサターンの椅子のご利益で願いが叶ったのではないかと部内は色めきたち、私も座っておけばよかったという女子社員の後悔の声があちこちから聞こえてきた。

ところが、1ヶ月もしないうちに、Jさんの様子がおかしくなった。
聞くと、彼氏がJさん以外に何人もの女性と関係を持っていたことが発覚し、しかもDV気質なところまであったのだという。
「願いが叶ったどころか、とんでもない貧乏くじだった」
何度別れ話をしても縁を切ってくれないの。
Jさんは深いため息をついてKさんにそう話したという。

それから数週間後、今度はYさんがみるみると痩せていった。
聞くと1週間で5kgも体重が減ったらしい。
「ダイエット成功したの?よかったね」
今度こそサターンの椅子のご利益だろうか。Kさんが明るく声をかけると、Yさんは「そうじゃないの」と俯いた。
胃腸の調子が悪く、食べても食べても戻してしまって体重が減っただけなのだそうだ。
「確かに痩せたけど、、、これはちょっと違うよね」
病的にげっそりした顔でYさんは言った。
Yさんの不調は慢性化しふっくらと健康的だった顔はガリガリになってしまった。

Jさん、Yさんと、たてつづけにサターンの椅子で願ったことが、まるで叶ったようだった。
ただし不幸な形でだが。
・・・これは単なる偶然なのだろうか。

「まとまったお金が手に入りますように」
あの時の願いを思い出し、Kさんは、なんだかモヤモヤとした気持ち悪いものを感じた。
JさんやYさんと同じように、嬉しくない形で願いが叶ったりするのではないか。
そう思うと恐怖すら感じた。

そして、ある日のこと。
Kさんが怖れていた事態が現実となった。

Kさんは会社の階段で足を踏み外し転落しちょうど1フロア分転げ落ちたのだ。
怪我の診断は全治1ヶ月。
しばらく入院することになり、保険からまとまったお金が入ってきた。
まったく嬉しくないが、ある意味、サターンの椅子で願ったことが叶ったともいえる。
たまたまおきたことを結びつけて考えてしまうというのは、ヒトが陥りがちな過ちだが、Kさん、Jさん、Yさんの3人に起きた出来事は全くの偶然なのだろうか。
いや、やはり、サターンの椅子の目に見えない力が働いた結果なのではないか。
Kさんは、そう思わざるをえなかった。

Kさんがそう思うには理由があった。
気にしすぎだと言われるのが嫌で誰にも言っていないのだが、階段から転落する時、後ろから誰かに押されたような感覚があったのだ。
落ちた後、すぐに振り返って見上げたのだが、階段の上には誰の姿もなかったのだそうだ、、、

願いが叶うサターンの椅子。
真実か嘘か確認するには、自分で座ってみるしかないのかもしれない、、、

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