天草の怖い話

 

熊本県の天草地方は、隠れキリシタンが多く存在したことが歴史的に有名だ。
畳敷きの崎津教会やマリア観音など、天草地方では仏教とキリスト教が混ざりあい、独特の文化が形成されていた。

これは僕が体験した天草にまつわる怖い話だ・・・。

僕の実家は熊本市内にある。
小学校3年生の夏休み、近所の同級生5人とその保護者で、天草の海水浴場に遊びに行った。

僕たちは初めての海水浴にはしゃぎまわった。
昼近くになって、Dくんが、海辺でじっと波打ち際を見つめているのに気がついた。
どうかしたのかと駆け寄ってみると、Dくんは砂浜の中から何かを掘り起こしていた。
5cm程度の小さな木彫りの人形だった。
腕に赤ん坊のようなものを抱えていて、顔は仏様のようだった。
だいぶ黒ずみ、すり減っていたので、ずいぶん昔のもののような気がした。
今では、木彫りのマリア観音だとわかるけど、当時子供だった僕には手作りの彫り物にしか見えなかった。
Dくんは宝物でも発見したように喜び、みんなに自慢した。
そして、僕たちは素直にうらやましがった。
小学生の僕たちには、海で見つけたモノというだけで、海賊船の宝物みたいなものだったのだ。Dくんは帰りの車の中でも大事そうに拾った人形を手にしていた。

海水浴から帰ってきて、数日後。
おかしなことが起きた。
遊ぶ約束をしていたのにDくんがいつまでたってもあらわれない。
僕はDくんの家に向かった。

Dくんの家の玄関チャイムを押そうとすると、
家の中から、「うおーん」という犬の鳴き声が聞こえた。
でも、おかしい。
Dくんのお父さんは犬アレルギーなので、家で犬を飼えないとDくんがいつか愚痴っていたのを覚えていた。
だとしたら、今の吠え声は何だったのだろうか。
おそるおそるチャイムを鳴らすと、Dくんのお母さんが玄関を開けて顔を出した。
僕は固まった。
Dくんのお母さんは顔中傷だらけだった。
ひっかかれたような爪痕が痛々しく残っていた。
その時、二階の方から再び「うおー」という雄叫びと、モノが壊れる音がした。
僕は気がついた・・・あれは犬なんかじゃない。Dくんの声だ。
「ごめんなさいね」
Dくんのお母さんは、そう言ってドアを閉めてしまった。

新学期になってもDくんは学校に現れなかった。
市内の総合病院で暴れてお医者さんや看護婦さんに取り押さえられているDくんを目撃していた子がいて、色々な噂が立った。
『原因不明の奇病になった』
『心の病気になった』
『悪魔にとり憑かれた』
誰にも真偽はわからなかった。

けど、Dくんの様子がおかしくなったのは、明らかに海水浴に行ったあとからだ。
海水浴のメンバーの意見は共通していた。
あの木彫りの人形が呪われていたに違いない、と。

僕たちは、それを伝えるためDくんの家にお見舞いにいった。
けど、遅かった。
Dくん一家は何も告げず、家を引き払い、引っ越した後だったのだ。
それきりDくんの消息は途絶えてしまった。

・・・あれから十数年。
Dくんのことはあまり思い出さなくなった。
ところが、つい先日のことだ。
仕事で福岡市内を歩いていたら、名前を呼ばれた。
見覚えのない顔だった。
「俺だよ、Dだよ」
・・・Dくん?
そういわれてみると子供の時の面影がうっすらあった。
驚きを隠せなかった。
Dくんとは、もう一生会うことはないだろうと、どこかで諦めていたからだ。
それに、目の前のDくんは皺一つない高級そうなスーツを着ていて、子供の頃のDくんのイメージとなかなか結びつかなかった。
食事でもどうか、という話になり、僕も色々聞きたいことがあったので、Dくんの車で近くのお店に行くことにした。

そして、Dくんの車に乗り込んだ僕は目を疑う光景を目撃した。
バックミラーに吊るされユラユラ揺れていているお守りのようなもの。
それは、あの日、海水浴場で拾った木彫りのマリア観音だった・・・。
「さあ、いこうか」
そう言ってエンジンをかけたDくんの目が怪しく光ったように見えた・・・。

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