【怖い話】内見
これは、私が、引っ越しを考えていて、賃貸物件の内見をした時に体験した怖い話だ。
一軒目の物件の前で、不動産業者の人と待ち合わせすることになっていて、私は10分前に到着した。
すると、すでに内見予定の103号室の前にスーツを着た担当者の男性が待っていた。
私が名前を告げると、担当者はコクリとうなずき黙って踵を返し、部屋の中にとっとと入っていった。
・・・え、挨拶もなし?
私は面食らってしまった。
実は、それまでメールでのやりとりだけで、会うのは今日がはじめてだった。
文面からは、かなり感じのいい人柄を想像していただけに、あまりの愛想のなさにがっかりした。
といっても、担当の人柄で物件を決めるわけでもないので、私も黙って後に続いた。
1DKの部屋は、写真で見たより内装がキレイだったが、なんだか日当たりが悪いように感じた。
日の光は入ってきているのにだ。
それに夏だというのに部屋の中は妙に涼しい。
半袖だと肌寒いくらいだった。
「・・・ちょっと寒いですね」
私のつぶやきに、返事はなかった。
担当の人は案内するわけでもなく、窓際で佇むだけ。
なんなのこの人、、、
私は腹が立って、帰りたくなった。
それでもいい物件を見逃したくなかったので、勝手に部屋の様子を見てまわった。
どこも申し分なかった。
むしろ家賃に比べたら、かなり好条件だ。
・・・でも、なんだろう。
背筋にチクチクするような違和感があった。
部屋の中から漂うよくない雰囲気というか、長居したくない何かがこの部屋にはあった。
「もう結構です」
私はそう告げて玄関に向かった。
またしても無視。
もう今日は内見を中止して別の業者にしよう。
そう思って、ドアを開けると、部屋の目の前に立っていたスーツの男性が振り返り、キョトンとした顔で私を見た。
しばらくの沈黙があったあと、男性はメールでやりとりしていた担当者の名前を名乗り、私の名前を確認してきた。
なんで部屋に入れたんですか?と担当者は不思議そうに聞いた。
私は呆然とするしかなかった。
今目の前にいる人が担当者なのだとしたら、さっきのスーツの男性は、、、
慌てて振り返ると、窓際に立っていた男性は消えていた。
その後、本物の担当者から丁寧な説明を受けたが、この部屋に引っ越すつもりはさらさらなくなっていた。
何の説明もないが、いわくつきの物件なのだろうから。
それとなく担当者の人に聞いてみたが、お茶を濁されただけだった。
後日、別の不動産業者に行き、新しい物件を内見することになった。
今度はちゃんと店舗で担当者の女性と顔を合わせているのでおかしな間違いはおきない。
待ち合わせの内見物件に向かうと、人影が見えた。
駆け寄っていき、私は言葉を失った。
この前の内見物件にいた男の人が待っていたのだ。
この前の物件から連れてきてしまったのだろうか。
いきなり肩を叩かれて私はビクッと振り返った。
担当の女性がニコニコ顔で立っていた。
再び物件の方を向いた時には、男の人はいなくなっていた。
正直、内見を続けるのは気乗りしなかったが、幽霊を見たのでやめますなんてとても言えず、警戒しながら物件を見ることにした。
不思議なことに、物件はとてもよかった。
この前のように変な寒さを感じることもなく条件もとてもいい。
それどころか、縁側でお昼寝しているような居心地の良さがあった。
気づけば二つ返事でその物件に決めていた。
住み始めてもうすぐ2年経つ。
怪奇現象は一つも起きてないし、むしろ引っ越してから運気が上がったような気さえする。
あの内見の日以来、男の人の気配を感じることは一度もなかった。
もしかしたら、あの男の人は、物件の良し悪しを教えてくれてたのかもしれないなと今は思っている。
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