河口湖のホテルの怖い話

これは、以前つきあっていた彼女と山梨県河口湖のホテルに宿泊した時に体験した怖い話です。

僕たちは、
絶叫系アトラクションで有名な富士急ハイランドで夕方まで遊んだ後、河口湖のホテルに向かいました。
ホテルは湖畔にあって、部屋のベランダから湖が一望できました。

ディナーを食べた後、ベランダで風に当たりながらゆっくりしていると、彼女が「あれ?」と声をあげました。
彼女の視線の先を追ってみると、湖の対岸に、ゆらゆらと動く明かりが見えました。

夜の河口湖では、周辺の建物の照明と車のライトの明かりがキラキラと光っていましたが、それらとは違う種類の明かりでした。
他に明かりがない暗い湖面近くを、白っぽい光がゆらゆら漂うように揺れていたのです。

「人かな?」と僕は言いました。
河口湖は釣りの場所としても有名なので、夜釣りの人が手に持つ懐中電灯かと思いました。

明かりは、行ったり来たりを繰り返しながら、同じ場所にとどまっていました。
目を凝らしても、かなり距離があり、明かりの正体まではわかりませんでした。
「うーん」と彼女は唸って、まだ明かりを見つめています。
僕はあまり気にならなかったのですが、彼女は、その明かりの正体が無性に気になるようでした。

「あ、動き出した」と彼女が声を上げました。
見ると、明かりが、湖に沿ってさっきよりだいぶ左の方に移動していました。
やはり夜釣りの人の懐中電灯なのではないかと僕は思いました。
ところが、「そろそろ部屋に戻らない?」と僕が声をかけても、彼女は返事をせず、食い入るように明かりを見つめ続けています。
何がそんなに気になるのか、さっぱりわかりませんでしたが、せっかくの旅行で喧嘩をしたくないなと思って、それ以上は強く言わず、彼女につきあうことにしました。

さらに15分くらいすると、明かりは僕らがいるホテルにずいぶん近づいてきているような気がしました。
明かりを持つ人が湖の外周を回っているだけのことです。
けど、なぜだかわかりませんが、妙にザワザワするような感覚がありました。
彼女が明かりに執着しているのもざわつく理由の一つでした。
彼女はさっきから一言も言葉を発さず、じっと明かりを見つめています。
僕が声をかけても反応がありませんでした。
明かりはゆらゆら揺れながら、少しずつこちらにやってきます・・・。
正体不明のものが近づいてくる。
そのことに恐怖を覚えていたのかもしれません。

ついに、明かりはホテルの真向かいまで来ました。
距離にして僕たちがいるベランダから100m程度かと思います。
その距離まで近づいても、明かりを持つ人影の姿は見えませんでした。
ただ、白い光源があるだけです。
明かりは、ホテルの真向かいにしばらく静止した後、道路の方に移動をはじめました。
僕たちがいるベランダの方角です。

このまま見ていたらいけない・・・!
その時感じたのは、理屈ではなく本能的な拒否感でした。
僕は彼女の服の裾をつかんで部屋の中に入れようとしました。
ところが、彼女の身体はピクリとも動きませんでした。
まるで金縛りにあったかのように硬直して、目を見開いてこちらに近づいてくる明かりに魅入られていました。
「部屋に入ろう!」僕は大声で彼女に言いました。
けど、彼女の身体は石像のように動きません。
明かりは滑るように移動してホテルの敷地内に入ってきて、ついには僕たちがいるベランダの真下で止まりました。
それは、懐中電灯や人が持つ明かりなどではありませんでした。
ただ光が宙に浮いているだけでした。
まるで、光に目があってこちらをじっと見つめているように、見られているような視線を感じました。
「部屋に戻ろう!」僕はもう一度、彼女に言いました。
それでも彼女は動きません。
僕は咄嗟に彼女の目を手で覆って光が見えないようにしました。
すると、「あれ?なに?どうしたの?」と彼女が我に返ったように言いました。
「とにかく部屋に入ろう!」
キョトンとしている彼女の手を引いて僕は部屋の中に強引に引っ張って行きました。
正気を取り戻した彼女に事情を話すと、彼女はそんな光を見た覚えはないといいます。
彼女の記憶には全くなかったのです。

正体はわからずとも、きっと見てはいけない光だったのだろうと僕は思いました。
水場には”よくない”ものが集まると聞いたことがあります。
報われない死を迎えた霊魂か何かだったのかもしれないと思いました。

その後は、気を取り直して、テレビを見てお酒を飲みながらゆっくり過ごして眠りにつきました。

どれくらい寝たでしょうか。
ふと目が覚めました。
カーテンの隙間から光が差し込んでいました。
1日遊んだ疲れからか、朝までぐっすり寝てしまったようでした。
けど、身体はとても重く、眠くて仕方ありませんでした。

今日も予定があるので二度寝はできません。
僕はカーテンを開けて朝日を入れようと、ベッドを抜け出して、ハッと足を止めました。
視界の端に、「03:23」と表示されたデジタル時計が見えたのです。
こんな夜中に外が明るいわけがありません。
カーテンから差し込む光は朝日であるわけがありませんでした。
ということは・・・
さっきベランダの下までやってきた正体不明の光が浮かび上がってきて、ガラス戸の向こうにいるとしか思えませんでした。
よく見ると、カーテンの隙間から差し込む光はゆらゆらと上下に揺れ、光の加減が刻々と変わっていました。
僕は金縛りにあったようにその場から動けなくなってしまいました。
寝ている彼女が心配で、なんとか首だけ回転させてベッドを振り返り、思わず叫び声をあげそうになりました。
彼女はベッドから抜け出て僕の真後ろに立っていました。
その、彼女の目、鼻、口、耳から真っ白い光がほとばしっていたのです。
まるで彼女の身体の中に投光器でも仕込まれているかのような強烈な光でした。

覚えているのはそこまでです。

その次に見たのは、僕の身体を揺する彼女の顔でした。
気がつくと本当に朝を迎えていて、僕は気を失って床に倒れていたようでした。
「心配したよ、どれだけ寝相悪いの」
不安そうに笑う彼女は昨夜のことを何も覚えていないようでした。

・・・一体、あの光の正体はなんだったのか、それはいまでもわかりません。
ただ、今でも時々、彼女の瞳の奥を覗き込むと、真っ白い光の火花が上がったように見える時があります。
まるで、あの日の光がまだ彼女の中で息づいているような気がして、僕は気が気ではありません。

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