【怖い話】いけない

Jさんの地元にF橋という橋がある。
市を跨ぐ河川にかけられた橋なので、地元民のほとんどが一度は通ったことがある橋なのだが、Jさんは一度も渡ったことがなかった。
それを周りの人に話すと驚かれるほどに、生活に根づいている橋なのに、Jさんはなぜか縁がない。
いや、むしろ渡ろうとしても、その橋にいけないのだ・・・。

中学生の時のことだった。母から買い物を頼まれていつも通っているホームセンターに向かったところ、商品が品切れだったので少し離れた別の店にいこうとした。その通り道にF橋はある。はじめてF橋を通るので少しワクワクしながら自転車をこいでいると、目と鼻の先にF橋が迫った時、ドカン!と音がした。
F橋の中ほどでトラックが橋脚に突っ込んでいるのが見えた。
歩道を塞いでしまっていたので、とてもじゃないけれど渡れない。
Jさんは、仕方なく引き返すことにした。

また、Jさんが高校生の時にはこんなことがあった。家族で車ででかけた帰り道の出来事だ。JさんがF橋を一度も渡ったことがないという話題になり、あえて遠回りしてF橋を渡って帰ろうという話になった。
ところがその日に限って、F橋前の信号機が故障していてF橋は通行止めになっていた。

直前で渡れなかったエピソードは他にもいくつもあり、
JさんがF橋を渡ろうとすると、何かしら邪魔が入って、渡る機会に恵まれなかった。
家族はみなF橋を使ったことがある。
周りの友達も最低一度は渡っている。
なぜかFさんだけが渡れない。
もちろん単なる偶然が重なっただけで、たまたま渡る機会がなかっただけだとはわかっていた。
何らかの力が働いてJさんを渡らせないようにしているのだと考えるほど、Jさんは自意識過剰ではなかった。
F橋はいわくがある場所でもないし、一つくらいはありそうな幽霊の目撃談すら聞いたためしがない。
ごくごく普通の橋なのだ。

ある時、Jさんは、ただF橋を渡ることだけを目的に向かってみることにした。
渡ろうとするとなぜか邪魔が入るというジンクスを払拭したかったのだ。
ところが、またもJさんはF橋を渡ることができなかった。
渡ろうとした直前、電話が鳴って、母から呼び出しが入った。
父が職場で倒れたのだという。
橋を渡るどころではなくなり、Jさんは家に飛んで帰った。
さいわいお父さんは軽い貧血で大事にはならなかったのだけど、さすがに偶然では片付けられない気持ちの悪さがJさんの中に残った。
JさんがF橋にいこうとしたせいで、お父さんは体調を崩したのではないか。
常識では考えられない話だけど、生まれて20年以上、F橋を渡れていないのは事実だ。
渡ろうとするな、という警告にも思えた。
お父さんのことがあってから、JさんはF橋に近寄るのが怖くなってしまった。

生活用の橋とはいえ、数百メートル離れたところに別の橋もあるし、F橋を使わずに暮らすのは簡単だ。
大学を卒業して地元企業に就職したあとも、Jさんは特段意識することなくF橋に近寄らずに暮らしていた。

Jさんは20代のおわりに、他県に住む旦那さんと結婚して地元を離れた。
家事や子育てに追われる日々を過ごすうち、地元を思い返す時間は日に日に減っていった。
当然、F橋のことを思い出すこともなかった。

子供が4歳になった年のこと。
慌てた様子で父からJさんに電話が入った。
Jさんのお母さんが心筋梗塞で倒れたというのだ。
Jさんは旦那さんに仕事を早退してもらい子供を連れて、車で急いで地元に向かった。
車では2時間くらいの距離だ。
気が急いて、久しぶりの地元の風景を見る余裕などまるでなかった。
お母さんが運ばれた病院まではあと少し。
その時、眼前にF橋が見えてきた。
Jさんは実に数年ぶりにF橋との因縁を思い出した。
病院に急ぐにはF橋を渡った方が遥かに早い。
渡ろうとしたら何かあるだろうか・・・。
いや、私の思い過ごしだ。
Jさんは、旦那さんに、F橋のことは話していない。
旦那さんは、ナビに指示された通り、F橋に向かっていく。
その時だった・・・。
Jさんの電話が鳴った。
公衆電話からだった。
こんな時まで、渡らせないように邪魔するの?
いい加減にしてよ、、、!!
Jさんはイライラと電話の音をオフにした。
「・・・いいの?」
旦那さんが心配してたずねてくる。
「公衆電話。気にしないで」
そして、Jさんが乗った車がF橋にさしかかった。
はじめて渡るF橋。
何の感慨もわかなかった。
なんの変哲もない普通の橋でしかない。
それよりも、とにかくJさんは母の容体が心配だった。
ところが、橋の中ほどに差し掛かると、
後部座席に座っていた子供が急に泣き出した。
耳が痛くなるほどの大声をあげて。
赤ん坊の時から、滅多にぐずらない子だったのにどうしてこんな時にと思ったが、Jさんは後ろを振り向き、おもちゃなどであやした。
しかし、どうにも泣き止まない。
と思った矢先、スーッと潮が引くように泣き止んだ。
それは、ちょうどF橋を渡りきったタイミングだった。
偶然なのか・・・嫌な感覚がJさんの胸をよぎった。
再び公衆電話から電話がかかってきていた。
F橋を渡り終えたのにホッとした気持ちもあって、Jさんは電話を取った。
電話は父からだった。
携帯電話の電源がなくなって、公衆電話から電話していたのだという。
「・・・今ちょうどお母さんが、亡くなった」
Jさんは絶句した。
父は涙声で続けた。
「お母さんな、臨終間際に一度だけ目を覚ましてな、お前に言ってくれって。『渡ったらいけない。渡ったらいけない』って、なんのことかわからなかったけど、お前に伝えないといけないかなと思って電話していたんだ」
Jさんは脳天を叩かれたような衝撃を受けた。
『渡ったらいけない』
それはF橋のことか・・・。
慌てて後ろを振り返る。もうずいぶん離れたが、F橋がまだ見えた。
母からの最後のメッセージ。
私がF橋を渡ったせいで、お母さんは死んだの・・・?
Jさんは後悔で胸が張り裂けそうになった。

JさんとF橋との因果関係はいまもわかっていないが、
その後、JさんがF橋に近くことは二度となかったという。

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