ハワイのホテルの怖い話
これは新婚旅行で行ったハワイで私が体験した怖い話です。
職場で出会った夫と私は2人とも海外旅行が初めてで、であれば日本人観光客が多いところにしようという話になりハワイに決めました。
ワイキキの海沿いのホテルで4泊6日。
思い出の旅行にするはずだったのに、あんな恐ろしい目にあうとは夢にも思っていませんでした。
懸念していた英語も単語と身振り手振りでなんとか通じることがわかりましたし、聞いていたとおり日本語が通じるお店が多くて助かりました。
1日目は、ワイキキのビーチで、パラソルとチェアを借りて、ゆっくりとくつろぎました。
ディナーは有名なステーキ屋さんに行き、帰りはホテルまでワイキキの通りを歩きました。
どこを見回しても日本とは一味違うリゾートの風景があって、2人とも夢見心地で歩いていました。
ところが、信号待ちをしていた時です。
近くの路肩に身なりの汚い白人男性が立っているのに気がつきました。
知人からハワイはホームレスの人が多いと聞いていたので、つとめて目を合わさないようにしていたのですが、その人がいきなり私達のところに寄ってきて英語で何かまくしたてはじめました。
私はギョッとして立ち尽くしてしまい、夫がすぐに間に入ってくれはしたのですが、あまりの早口で何を言っているのか全く聞き取れませんでした。
信号が変わると私達は足早に通りを渡ったのですが、ホームレスの男性は私達を追ってきました。
遠巻きにわけもわからないことを叫び続けていて、いよいよ何かされるのではないかと怖くなった私と夫は、走って逃げました。
息が切れるくらいまで走ってから振り返ると、ホームレスの男性の姿はもうありませんでした。
「なにあれ、怖かったね」
何事もなく終わったので、笑って気分を切り替えることにしました。
その日の夜。
ホテルの部屋に戻ると、帰り道にABCストアで買ってきたお酒とおつまみを持ってラナイでゆっくりすることにしました。
ハワイのホテルはラナイと呼ばれるテーブルつきのベランダをそなえた部屋が多く、夜景を堪能できるのです。
真っ暗な海にクルージング船の明かりだけが光っていて、微かにさざなみの音が聞こえました。
ビールを一本とワインを少し飲んで酔いが回ってきたかなと感じた頃でした。
「キャーー」という女性の悲鳴が響きました。
はしゃいでるような嬌声ではなく、恐しい目にあってあげる絶叫に聞こえました。
私は夫と顔を見合わせました。
悲鳴はちょうど真上の階から聞こえた気がしました。
「なにかあったのかな?」
「わからない。部屋の中入る?」
だいぶお酒も飲んだので私達はラナイから部屋に戻りました。
悲鳴が聞こえたからといって、どうすることもできず、けど、気持ちはすっきりしませんでした。
すると、今度は天井から、ドン!ドン!と足踏みするような大きな音がしました。
「やっぱり変だよ」
ホテルは古い建物なので、防音がしっかりしているかというとそうでもないのですが、それにしてもさきほどの悲鳴といい異常な感じがしました。
夫がフロントに電話して、片言の英語と日本語で事情を説明すると、なんとか通じたらしく、係の人は「OK」といって電話を切りました。
電話をかけてからは、上の階から大きな音がすることはなくなりました。
けど、恐ろしい出来事はそれで終わりではありませんでした。
2日目。
アラモアナショッピングセンターやインターナショナルマーケットプレイスなどのショッピングモールを巡って、おみやげや色々な買い物をして、ホテルに戻ってきたのは1700過ぎでした。
一息ついたらワイキキのレストランでディナーを食べようと話しながら部屋に入ると、ギョッとしました。
部屋の中に人がいたのです。
ポリネシア系の女性で、清掃員の服を着ていました。
ルームクリーニングがこんな遅くにきたのかなと思いましたが、女性は私達が部屋に戻ってきても、一言も発さず、部屋の中央で立ちつくしていました。
視線の先はラナイの方向を向いていました。
まるで、私達のことなど見えていないかのように、遠い目をしていました。
「エクスキューズミー」
夫が呼びかけても反応がありません。
どうしていいかわからず困って、フロントに電話をかけようとすると、女性はクルッときびすを返し、何事もなかったかのように部屋を出て行きました。
「なに今の」
「なにか盗まれてないかな」
金庫やスーツケースの中をあらためましたが、とられたものはなにもなさそうでした。
ホッと一安心したものの、心が冷静になったぶん、さきほどの女性の奇妙な行動が気になりました。
昨夜から続くおかしな出来事が、心にしこりとなって残りました。
ディナーに出かけたものの隣を歩く夫も私も、浮かない足取りでした。
考えないようにしても、昨夜からの奇妙な体験が頭をよぎります。
せっかくの新婚旅行を台無しにされた不快感が原因なのか、単純に奇妙な出来事が続く不可解さが原因なのかわかりませんが、すっきりしない気持ちなのは確かでした。
気持ちが重く、心に暗いモヤがかかっているようでした。
上の空で周りが見えていなかったせいだと思いますが、男が真横まで近づいいてきているのに全く気づいていませんでした。
「ヘイ」とすぐ近くから声がしてハッと見ると、男は、昨夜のホームレスでした。
防御の姿勢を取るまもなく、男は、私と夫に向かって粉のようなものを振りかけました。
何度か粉をはらいかけると、男は何も言わずに歩き去っていきました。
あまりの出来事に私も夫も言葉がありませんでした。
慌てて粉を払い落とそうとしました。
なんのニオイもしない白い粒状のものでしたが、一体何を振りかけられたのかわかったものではありません。
夫は粉の正体をたしかめようと思ったのか、指で取ってニオイをかいだりしました。
そして、粉を舌の先でなめました。
「やめなよ!なんなのかわからないのに!」
「・・・これ、塩だ」
「塩?なんで塩なんか振られたの?」
ホームレスの男性の行動は、およそ理解できないものでしたが、不思議なことに、それ以降、気持ちがだいぶラクになったような気がしました。
聞くと、夫もそうだといいます。
ホテルに戻ってからも、もうおかしな現象は起きず、帰国の日までハワイを楽しむことができました。
夫も同じ意見だったのですが、もしかしたらホームレスの男性がかけた粉は清めの塩の意味があったのかもしれません。
そして、騒いで後をついてきたのは、私達夫婦に何かよからぬものが取り憑いていて、警告してくれていたのかもしれません。
もし、ホームレスの男性が清めの塩をふってくれなければ、今頃、新婚旅行でもっと恐ろしい目にあっていたのかもしれません。
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