歌舞伎町のホテルの怖い話 #282

 

これは、数年前、僕が歌舞伎町のラブホテルで体験した怖い話です。

その部屋に入った時から嫌な予感がしました。
照明はついているのに薄暗く、空気が重いのです。
なんだか嫌な感じでした。

異変が起きたのは深夜のことでした。
うなされて起きると、隣に寝ているはずの彼女がいません。
洗面所の明かりもついていません。
どこにいってしまったんだろう、
そう思った瞬間でした。

彼女の悲鳴が壁の向こうの隣の部屋から聞こえました。
わけがわかりませんでしたが、彼女の声に違いありません。
僕は慌てて服を着て隣の部屋に向かいました。

ドアをノックしても反応がなく、ノブを回すと、鍵はかかっていませんでした。

真っ暗な部屋に二つの人影がありました。
床に倒れた長い髪の女性と、女性に馬のりになった男の影。
男の手には包丁が握られました。

「やめろ一!!」
僕は叫びながら飛び起きました。
気がつくとベッドの上でした。
・・・夢?
やけにリアルな夢でした。
これほどの悪夢を見たのは初めてで、
全身汗びっしょりでした。
隣で眠る彼女の背中が見えました。
・・・夢でよかった。

喉がカラカラでした。
水を飲みに行こうと思って、
ベッドサイドの電気をつけ、
僕は目を疑いました。
壁や床一面に広がった赤黒い染み・・・。

・・・この部屋、僕達が泊まった部屋じゃない。

僕は気がつきました。
長い年月放置されていたような埃っぽさ。
異様なカビ臭さ。
テレビがあるべき場所は配線が剥き出しになっていました。

夢じゃなく、
隣の部屋に僕は迷い込んでいたのです。
なにかの事件があって封印された忌まわしい部屋。
そうに違いありませんでした。
汗が冷えて全身に寒気が走りました。
いや、寒気は恐怖からだったかもしれません。

彼女を起こさなきゃ・・・。

その時、ハッとしました。

・・・僕に今付き合っている彼女なんていたか。
・・・いや、いない。
僕は一体、誰とラブホテルに来たんだ。
背中を向けてベッドに寝ていた女性がゆっくり起き上がり始めました。
・・・この人は、誰だ。
・・・誰だ・・・誰だ!
女性が上半身を起こすと、腰まで届きそうな髪があらわになりました。
女性はゆっくり僕の方を向き始めました。
・・・見たらダメだ、ダメだ、ダメだ!

僕はシーツをはねのけて、
その部屋を逃げ出しました。
隣の部屋に避難すると自分の荷物を見つけました。
僕は荷物をかき集めて、すぐにそのラブホテルを後にしました。
あの部屋の女の人が追ってくるのではないか。
ホテルを出るまで気が気ではありませんでした。

ホテルを後にすると、靄が晴れたように状況が飲み込めてきました。
今日、僕は一人で、新宿で買い物をしていたはずなのです。
けど、買い物の途中から記憶がありませんでした。

歌舞伎町のラブホテルに巣くう恐ろしいモノにいざなわれてしまった。
そうとしか思えませんでした。

それ以来、僕は、一度も歌舞伎町に足を踏み入れたことがありません。
今でもそのラブホテルがあるかは不明です・・・。

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