第122話「晴天の霹靂」

「ねえ、私のために死んで?」
彼女の言葉は、まさに晴天の霹靂だった。
付き合って3年。そろそろと考えていた矢先の出来事。
久しぶりに僕のマンションで二人でゆっくりできるかと思っていた矢先だった。
彼女の真意はまったくわからなかった。
だから、何も答えられず固まるしかなかった。
何秒待っても彼女は何も言ってくれない。
青白い顔をして黙っているだけだ。
「・・・どうして?」
僕は絞り出すように言った。
彼女は少し思案してから答えた。
「実はね・・・私、もう死んでるの」
僕は開いた口が塞がらなかった。
「けど、目の前にキミはいるじゃないか。実体を持って」
彼女は首を振った。
「生きてるように見えるかもしれないけど、私は一週間も前に車にはねられて死んだの」
「じゃあキミは幽霊なの?」
彼女はうなずいた。
「あなたを想って、死んだから、ここに現れることができたのかも・・・」
あまりに突拍子もない話だったけれど、彼女が嘘をつくとは思えない。
だから、きっと本当に彼女は幽霊なんだろう、そう思うしかなかった。
彼女は突然泣き出した。
「けど、もう会えないと思うと、いてもたってもいられなくて・・・」
「僕が死ねば、一緒にいられると思ったんだね」
「ごめんなさい。私、なんて、わがままを・・・」
「わがままなんかじゃないよ!むしろ、嬉しいよ」
そうだとも。こんな素敵な話はないではないか。今まで人間関係では苦労ばかりだった。そんな僕の前に現れた救世主のような女性とずっと一緒にいられるんだ。僕に迷いなんてなかった。悲しませる家族もいない。
「待ってて。すぐに行くから」
僕はネクタイをクローゼットのバーにしっかり結びつけて、首を吊った。喉を押し潰されて苦しかったけど、我慢した。視界が真っ白になって、僕の意識は落ちた。

・・・彼が首を吊った。始めは苦しそうだったけど最後は恍惚とした表情をしていた。
ククク・・・アハハハハ!
笑いが止まらなかった。
まさかこんな子供だましを信じるなんて!
バカには見えなかったけど、愛は盲目ということなのだろうか。
騙しのレパートリーに加えてもいいかもしれない。身寄りのない男。事実婚状態。男が溜め込んでいた貯金は全て私のものだ。
後は私の痕跡を消して、早めにこのマンションから退散しないと。警察にあらぬ疑いをかけられたらたまったもんじゃない。
私は手早く身支度をして、玄関に向かった。
ヒールを履いて鍵を開けて、ノブをひねった・・・。
けど、いくら力を入れてもノブが動かない。何かつっかえているのだろうか?
びくともしない。
その時、背後に気配を感じた。
振り返ると、窒息死して赤黒い顔した彼が立っていた。彼はニヤッと笑っていた。
「・・・これでずっと一緒だね」

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