【怖いショートショート】惚れ薬

大学院生のNさんは、彼女いない歴26年。
強い近視のメガネをかけている上、目つきがあまりよくなく、今までお洒落に気をつかってこなかったので、自分でも彼女ができない原因はわかっていた。
大学のコンパに何回か参加したこともあったが、会の半ばには毎回、空気と化していた。

そんなNさんが、ある日、理学部の恩師の教授に呼び出された。
教授は、Nさんに試験管に入った液体を差し出した。
「ついにできたんだよ、Nくん!」
「これはなんですか?」
Nさんは、不思議そうにピンク色の液体を見つめる。
「惚れ薬だよ」
「惚れ薬!?」
「効果は抜群、のはずだ。理論上は」
「これを飲ませた相手が恋をするということですか?」
「いや、逆だ。この薬を飲んだ人間のホルモンを数十秒間だけ瞬間的に高めることで、その間に接触した人物の脳内を恋をしている状態にさせるのだよ。モテ薬といってもいいかもしれないね」
「すごい薬ですね」
Nさんは素直に感嘆の声をあげた。
この教授は大学内で変人としてイロモノ扱いされているのだが、能力は折り紙つきだった。
その教授が、これだけ自信を持っているのだから、効果のほどは確かなのだろう。
「ただね・・・まだ、臨床試験はしていないのだ」
人で試したことはないらしい。
「そこで、Nくん、どうだね、きみ。これを使ってみないか」
「ボクがですか?」
「市場価値はウン億はくだらない薬をタダで使えるチャンスだよ」
Nさんは考えた。どんな副作用があるかわからない薬を飲むのは気が引けるが、これを飲めば彼女いない歴の不名誉な記録は更新せずにすむかもしれない。
「教授!やらせてください!」
「キミならそう言ってくれると思ったよ」
教授はガハガハいいながらNさんの肩を叩いた。

それから数時間後。
研究室に、Nさんはある女性と2人でいた。
Nさんの想い人・Mさんだった。
Mさんは学年トップの成績を誇る才女な上、大学のミスコンにも選ばれたほどの美人だった。
専攻は違ったが同学年なので、会えば立ち話をする程度の仲ではあった。
Nさんは、さきほど、Mさんに「書いている論文の内容で相談にのって欲しいことがある」と勇気を出して声をかけたのだった。
Mさんは、なんら疑うこともなく、ついてきてくれた。
「それで、Nくん。相談ってなに?」
Mさんは、透きとおるような声でいった。
Nさんはその声を聞いただけで、頭がクラクラするほどの甘い感情を覚えた。
しかし、今日の目的は惚れ薬を使って、Mさんを自分に惚れさせることだ。
Mさんが彼女になってくれれば、周りの見る目が変わるはず。
どこかNさんを下に見ている院生仲間たちが羨望の眼差しで見ることは間違いなしだった。
「その前にお手洗いにいってくるよ」
Nさんは、ピンク色の液体をたたえた試験管を手に、トイレに向かった。

洗面所で鏡の中の自分と向き合い息を整える。
かつてない緊張を味わっていた。
そして、Nさんは、ピンク色の液体を一気に飲み干した。少し苦い味がした。
しばらく待ってみても、鏡の中に写る自分の身体に変化があったような感じはしない。
教授は、効果は数十秒間だと言っていた。
Nさんは急いでMさんが待つ研究室に向かった。
その足取りは、いつものNさんらしからぬ自信に満ちたものだった。

・・・一週間後。
Nさんは、大学のベンチで専門書を読んでいた。
空は快晴で清々しい気持ちだ。
院生仲間が通りかかり、遠巻きにNさんを見て忍び笑いをもらしたが、Nさんは気にする素振りもない。
「あいつがMちゃんに?どんな神経してんだよ」
「本の読みすぎで頭おかしくなったのかもな」
院生仲間は陰口を言いながらNさんの横を通り過ぎていった。
Nさんは、彼らの話が聞こえていてもまるで気にかけていない。
おもむろに鏡を取り出すと、自分の顔をしげしげと眺め出した。
「今日も美しい」
Nさんは鏡の中に写った自分をほれぼれと見つめていた。

・・・Nさんの思惑は完全に外れた。
惚れ薬の効果が利いている時に、鏡で自分の顔を見つめたことで、Nさんは自分に恋をしてしまった。
ナルシストに変貌したNさんが、Mさんのところに向かう頃には薬の効果は完全にきれていた。
別人と化したNさんは、Mさんと会うなり、Mさんの人となり、容姿、論文について、徹底的に批判をした。
「だから、キミはダメなんだよ。それに比べてボクはね・・・」
Nさんは、唖然として固まっているMさんに自画自賛を続けたのだった。
しまいに、Mさんは泣き出してしまい、Nさんのハラスメント疑惑は大学内で知られることとなった。

Nさんの乱心の噂は教授の元にも届いた。
「うーん、効果はあったが、使い方を間違えると恐ろしいな」
しかも、想定に反して、Nさんのナルシストはいまだに直っていない。
「さてさて、どうしたものか」
そこに、院の教え子が1人やってきた。背中が曲がっていて顔つきが暗い鬱気質な男子だった。
「やぁ、Wくん。ちょっと実験に協力しないかね。実は私は、自信薬を開発してね。これを飲めば自分に自信を持つことができるのだよ。どうだね、キミ、これを試してみないかね?」
そう言って、教授はピンク色の液体が入った試験管をヒラヒラとさせて見せた。

#490

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