第123話「いつか桜の木の下で」

私が住むT市は桜で有名だ。
特に国立S公園は有名で4月ともなると毎年大勢の人が花見に集まり賑わう。
ただ、人が多すぎるので地元の人間はあまり寄りつかない。
地元の人達は、少し街外れの知る人ぞ知るスポットに行きがちだ。

E公園は私のお気に入りのスポットだった。車がないといけない山奥にあり、観光マップにも載っていないので、シーズンでも人が集まったりしない。桜の木はたった一本しかないのだが、これほど雄大な太い幹の桜は、他では見かけたことがない。
ここ数年、桜の季節はE公園に通うのが習慣になっていた。何回も行っていると顔なじみができるもので、昨年いた人を見かけたりする。
彼女も顔なじみの1人だった。30歳くらいだろうか。昨年と数年前にも見かけた記憶がある。若いのに和服を着ているので、印象に残っていた。あらためて見てみると、透き通るような肌をした美人だった。
1人で桜の下にじっと立っていて、花見というよりは、待ち合わせしているように見えなくもない。舞い散る桜の花びらが彼女を包み込むと、何とも幻想的な雰囲気になる。

「お花見ですか?」
私は、なんとはなしに話しかけてみた。
彼女はニコリと笑ってうなずいた。
「去年もお見かけした気がします」
私が言うと、
「人を待っているんです」と彼女は答えた。
「待ち合わせでしたか」
「ここは思い出の場所なんです。ここで、こうやって待っていれば、いつか桜の木の下で会えるかと」
そう言って彼女は寂しそうに微笑んだ。
別れた彼を待って何年も通っていたらしい。何ともロマンチックな話だった。私はひととき、小説の世界に迷い込んだような気持ちになった。

そのニュースが舞い込んできたのは、桜の花が散ってしまった頃だった。
E公園の桜の木の下で、60代男性の変死体が発見されたのだ。
しかも、男性のかたわらには寄り添うように身元不明の女性と思われる白骨死体があったという。
警察は、白骨が長年、桜の木の下に埋められていたもので、男性が何らかの関係があるとみて捜査中と発表があった。
このミステリアスな事件に報道は過熱し、またたくまに事件の全容は解明されていくことになった。

白骨死体の身元が判明し、新聞で古ぼけた顔写真を見て私は言葉を失うしかなかった。
白骨死体の女性は、間違えようなく、私がE公園で何度か見かけた和服の女性だった。
だとすれば、彼女は幽霊だったことになる・・・。
怖さはなかった。むしろ、彼女の浮世離れした雰囲気の理由がわかって溜飲がおりた心持ちだった。
亡くなっていた男性は、彼女の元婚約者だった。男性は、社長令嬢との縁談話が持ち上がり婚約者だった彼女が邪魔になり、殺害して桜の木の下に埋めたのだった。それから、逃げるように東京に出て、実に40年以上振りに地元に帰ってきて、桜の木の下で亡くなったらしい。
警察の公式発表では、良心の呵責に耐えかねた男性が、白骨死体を掘り起こしたところ、心臓発作を起こした可能性が高いとして、捜査は終わったようだ。

「いつか桜の木の下で・・・」
私には、彼女が男性を連れていったような気がしてならなかった。
それからというもの、桜の木の下で、彼女の姿を見かけたことはない・・・。
あれほど立派だった桜の木は、その年を境にみるみると枯れていき、つい先日切り倒されることになった。枯れた理由は不明だという。

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