【怖い話】【心霊】第173話「天城の怖い話」

2017/09/11

 

「天城越え」の歌で有名な静岡県の天城山中に建つ旅館に泊まった時の話だ。その旅館は趣のある日本家屋風で、敷地内の中庭には鯉が泳ぐ池があり、案内された部屋は文豪が執筆のために泊まったことで有名らしかった。
その宿に、私たちは社員旅行で訪れたのだった。
荷物を部屋に置くと、私達は早速、浴衣に着替え、宿自慢の露天風呂に向かった。
露天風呂のすぐ目の前を渓流が流れていて、絶景だった。温泉に浸かり日頃の疲れをほぐしていたら、一緒に来ていた同僚が言った。
「おい、アレ見ろよ」
同僚の視線の先を追うと、天守閣のようにぽこっと飛び出していた棟があった。客室なのだろうか。
問題はその位置だった。露天風呂がはっきり見える場所に窓があったのだ。遮るものは何もない。
「のぞきたい放題じゃないか」
「誰もお前の裸なんて見たくないよ」
私はそう軽口で返した。
「なあ、温泉から上がったら行ってみないか」
同僚の顔を見ればスケベ心丸出しなのがわかった。隣はもちろん女湯だ。
「客室だから入れないよ」
「わかんねえだろ。せっかく来たんだから、冒険しようぜ」
結局、私はその同僚に押しきられ、温泉から上がると天守閣のような場所を目指すことになった。
露天風呂から見えた位置に向かって、廊下をいくつか曲がると、階段に出た。
パタパタとスリッパの音を立てながら軽快に階段を上る同僚の背中を追った。
5階分くらい上がると階段が途切れた。
廊下などはなく、目の前に引き戸があった。おそらく露天風呂から見えた天守閣の部分なのだろう。見上げると、天井が屋根の形に三角になっていて、梁で支えられていた。屋根裏部屋か何かなのか。
同僚がドアノブに手を伸ばした。
「おい、やめろって・・・」
慌てて止めに入ろうすると、カチャリ。
驚いたことにドアの鍵は開いていた。
「失礼しまーす」
同僚がふざけた声で挨拶してドアをゆっくり開けた。
カビ臭いにおいが鼻を刺激した。
畳が敷かれた和室にテーブルと座布団。
客室のようだが、埃っぽく、調度品が全体的に古くさい。
「使ってない部屋みたいだな」
同僚は、ずかずかと部屋の奥に向かった。
私は、誰か来ないか心配で、入口でやきもきしていた。
窓際に着いた同僚が声をあげた。
「うおっ!すげえ、丸見えだぞ!お前も来いよ」
私は正直、その部屋に入りたくなかった。小心者と言えばそれまでだけど、首筋がチリチリするような抵抗感があった。
その時だった。
キィィ、バタン!
目の前のドアが勢いよくしまった。
しかも鍵がかかったみたいで、ノブを回しても開く気配はなかった。
私はドアを叩いた。
「おい!おーい!」
ぎゃああああああ
部屋の中から同僚の叫び声が上がった。
「おい!大丈夫か!?」
ドアはびくともしない。
仕方なく、私は階段を駆け降りて、作務衣を来た男性従業員に助けを求めた。
事情を話すと男性従業員は不快な顔を隠そうともせず、「馬鹿どもが」と吐き捨てた。
二人で急いで最上階に戻る。
目を疑った。
ドアが開いていた。さっきまで頑なに開かなかったのに。
なかをのぞくと、同僚が部屋に仰向けに倒れていた。口から泡をふき、真っ青な顔をして、気を失っていた。
「救急車呼んでください!」
私は男性従業員に言った。
「必要ない」
「何いってるんですか!?」
「すぐに起きる」
そう言うと男性従業員は、同僚の頬を叩いた。何発目かで同僚は意識を取り戻した。目はトロンとしていたが大丈夫そうだった。
「・・・あんたの連れはミガクチ様にやられてる。もう戻ってこれんよ」
男性従業員はボソッとそう言うと逃げるように去ってしまった。
まだ頭が朦朧とするという同僚と二人で部屋まで戻った。
同僚を病院に連れていったが異常はなかった。まだ体調は悪そうなので看病につきっきりで、私の社員旅行は、さんざんなものになった。
社員旅行明け、同僚はまだ体調が万全ではなかったものの出社してきた。
けど、人がまるで変わったようだった。
以前は明るいムードメーカーだったのに、
人が変わったように、ビクビクと周りを気にするようになった。まるで肉食動物が小動物になってしまったような変化だった。
時々、同僚が何もない壁に向かって怯えたように、ひとりごとを言っているのを見かける。
ミガクチ様ミガクチ様ドウカオ許シクダサイ。
あの時、同僚は一体何を見たのだろうか・・・。そして、ミガクチ様とは一体何なのか。それは今もって謎だ。

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