第72話「待ち合わせ」

これは私が大学生の時、アルバイトで体験した怖い話です。

当時、私は短期の派遣アルバイトをしていました。
簡単な軽作業で1日8000円。シフトを気にせず空いた時間で働けるので都合がよかったのです。ただ、現場は毎回変わりますので、毎回、初対面の人たちと顔合わせがあるのが面倒なところでした。

ある時、化粧品のピッキング作業の仕事の話があり、ちょうど他に予定もなかったので引き受けることにしました。
待ち合わせは現場の最寄駅でした。
当日は集合時間の15分前くらいにつきました。たいていはリーダーの人が出勤状況を確認して、一緒に働く人たちと現場に向かいます。全員が初対面なので会えない危険性も考えていつも早めに集合場所に着くようにしていました。

駅前のロータリーに花壇があって、それを囲うブロックに腰をかけているラフな格好をした男性がいました。印象からして一緒の現場で働く人だろうと思いました。
「○×サービスの人ですか?」私は登録している派遣会社の名前を出して、その男性に声をかけました。すると、男性は無言でスッと立ち上がり、黙ったまま歩き始めました。
返事はなくても無言の肯定だと判断しました。短期の派遣で働く人たちには、こういう人が多いのです。人づきあいが苦手でコミュニケーション下手。今日はこの人と二人か・・・。憂鬱な気分でしたが、前にも似たようなことがあったので、私は黙って、その人についていきました。

駅前の信号を渡り、雑居ビルが立ち並ぶ区画を抜け、建設途中の建物が目立つ工業地帯に入っていきました。その間、男性は、ずっと無言で前を歩いていました。黒いジャケットを着ていたせいもあると思いますが、背中を丸めて歩く後ろ姿は、彼の暗い性格をあらわしているようで、周りに負のオーラが漂っていました。けど、今日1日の付き合いだと思えば、多少のストレスは我慢できるものです。

やがて、男性は、ある工場の敷地に入って行きました。私は思わず「え?」と足を止めました。まるで廃屋のようにボロボロな建物で、とても稼働している工場には見えなかったのです。
その時、ポケットの中のスマホが鳴りました。音を切るのをすっかり忘れていた私は慌てて電話に出ました。
「もしもし」
「○×サービスのものですが、今、どちらにいますか?」
「・・・え、現場につきましたけど」
「おかしいですね。あなただけ到着していないとリーダーから連絡があったのですが」
派遣会社の社員さんが言うには、私だけ集合場所に現れなかったというのです。
だったら、今、前を歩いている男性は何者なのでしょう。
ふと前を見ると、さっきまで目の前にいたはずの男性の姿がありません。
周りを見回してもどこにもいません。
おかしいな、と思った時でした・・・。
耳元に人の息がかかったのがわかりました。
ハアハアと苦しそうな息遣いでした。
次の瞬間、背中に熱気を感じました。
すぐ後ろで焚き火でもしているみたいな暑さでした。
私は眼球だけ動かし、おそるおそる後ろを確認しました。
目にしたものに対する恐怖で、携帯電話を手から取り落としてしまいました。
さっきまで前を歩いていた男性が私のすぐ後ろに立っていました。
顔中の皮膚が赤黒く焦げていて、身体中から煙が上がっていました。
「・・・あ・・つ・・・い」
そう言うと男性の姿は、サァッと霧のように消えてしまいました。

後から知った話ですが、男性が私を連れてきた工場は大きな火事で操業が停止になっていました。その火事によって数名の死者が出ていて、いまだに遺体が発見されていない従業員が1名いるそうです・・・。

-ショートホラー