【怖い話】3つの願い

『誘拐事件発生』
その一報に警視庁は浮き足立った。
誘拐されたのは、都内在住の投資家A氏の妻(35)。
犯人は、1回目の電話で、身代金の金額と受け渡し場所を指定。
配送業者を装った警視庁特殊事件捜査班の刑事達は麻布十番にあるA氏の自宅に急行した。
目下、刑事達はA氏の邸宅で身代金の準備と犯人からの追加の入電を待っていた。
刑事達がせわしなく立ち働く中、Y刑事だけは、眼光鋭くA氏を見つめていた。
この誘拐事件は、きな臭いとY刑事は考えていた。
まずは誘拐の状況だ。
A氏の妻は自宅から誘拐されたのに、一切、現場を目撃されていない。
付近の防犯カメラには、不審な車の一台も映っていなかった。
文字通り煙のようにA氏の妻は消えてしまったのだ。
2つ目は、A氏の経歴が謎に包まれていることだ。
大富豪の投資家というのは判明しているが、5年前に突如、ハイ・ソサエティのグループ内に現れた。
それ以前の経歴が、SNSやネットを駆使しても辿れない。これほどの富豪の経歴が世に伏せられているのは珍しい。
加えて、A氏の妻の出自も判然としていなかった。
結論、Y刑事は、誘拐事件の背後にはA氏の過去があるのではないかと推理していた。
A氏の資産は、後ろ暗い方法で集めたもので、その秘密の過去が誘拐事件の動機となっているのではないかとY刑事は考えていた。
Y刑事は、他の刑事達を尻目にA氏の動向を見張っていた。

身代金の1億円はA氏が瞬く間に用意した。
受け渡しの指定時間まで1時間しかない。
Y刑事は、A氏と一緒に受け渡し用に用意した車両に乗り込んだ。

指定場所は東京湾の埠頭倉庫だ。
その道中でY刑事はA氏を落として事件の背景を聞き出すつもりだった。
「本当に犯人に心当たりはないんですか?」
Y刑事が切り込むと、A氏は首を縦に振った。
「ありません。本当に」
「おそらく誘拐犯はあなたの事情をよく知る身近な人間だと思います。よく思い出してください」
「本当に思い当たる人間がいないんです。ただ、、、」
「ただ、、、?」
「いえ、、、」
「なにか思い当たることがあるなら、どんな些細なことでも話してください。なにが事件解決の糸口になるかわからないんです。奥さんを救出したいならお願いします」
「・・・荒唐無稽過ぎて信じてもらえないと思います」
「お願いします!」
Y刑事は土下座せんばかりに頭を下げた。
Y刑事の真摯な態度に心を動かされたのか、A氏は重たい口を開いた。
「到底信じてもらえないと思いますが、、、」
そう言って、A氏はリュックから、ある物を出した。
それは、西洋のランプだった。
場違いなこと甚だしく、Y刑事は口をあんぐりと開けてしまった。
「アラビアンナイトのランプの魔人はご存知ですか、、、?」
「アラジンの魔法のランプですか?3つの願いを叶えるという」
「それです。実在すると言ったらどう思われますか?」
Y刑事は、返事に困った。この男は、妻が誘拐されて気が触れてしまったのか。そうも思ったが、A氏の顔は真剣そのものだった。
「これは5年前に本当にあったことなんです、、、」
A氏は話を始めた。

5年前まで、A氏はリサイクルショップでバイトをするフリーターだった。
貯金も彼女もなく、将来になんの明るい展望もないまま年を重ねていた。
ある時、A氏が働くお店に、不用品のダンボールが大量に送られてきた。
寄付だったり、亡くなった人の遺品だったりするのだけど、定期的に大量のジャンク品が届くのだ。
そのダンボールに宛名はなかった。
匿名で寄付されたものらしい。
ダンボールの中身をあらためていると、西洋ランプがあった。
倉庫の中でA氏は1人きりだった。
アラジンの魔法のランプを真似て西洋ランプをこすってみた。
「いでよ、ランプの魔人」
誰も見ていなかったからこそできた、1人遊びだった。
A氏にとってはきまぐれの遊び、ただそれだけのはずだった。
ところが、それから間もなく、倉庫の入り口に男が現れた。
パリッとしたスーツにコートを着た40代くらいの男性。
A氏のイメージは、エリート商社マンだった。
「私を呼んだのは、あなたですか」
スーツの男は言った。
A氏はわけもわからず困惑した。
「いえ・・・呼んでません・・・」
なんとかそう答えた。
「そのランプをこすりましたよね?」
スーツの男は眉根に皺を寄せてそう言った。
「え?・・・あぁ、はい」
「であればやはり私はあなたに呼び出されたのです。私はランプの魔人です」
A氏は呆然とするしかなかった。他に反応のしようがあろうか。
「ランプの魔人?あなたが?」
「えぇ、そうです。なにか引っかかりますか?」
「いや、スーツとか着てるし」
「これは私の実体ではありません。呼び出した人物が一番安心する姿で現れるのです。わかりましたか?」
「あぁ・・・なるほど」
ちゃんと理解できたわけではないがA氏はうなずいた。
「では、願いをどうぞ。3つまで叶えてさしあげます」
「願い?本当に叶えてもらえるんですか?」
「そのために呼び出したんですよね?私は約束は守ります。あなたの望みを3つ叶えましょう。ただし、一つだけ注意事項があります。私は無から物を生み出せるわけではありません。私ができるのは、あなたが望んだものをどこかから取り寄せることだけです。なにが言いたいかわかりますか?」
「いえ・・・」
「察しが悪いですね。では、実演するので、見ててください」
すると、魔人の姿がパッと煙のようにかききえたかと思ったら、瞬きをする間に再び現れた。その手にはサッカーボールが握られていた。
魔人はA氏にそのサッカーボールを渡して言った。
「見覚えがありませんか?」
A氏はサッカーボールを見た。
ボールにマジックペンでA氏の名前が書かれていた。
10歳の時、近所の雑木林に打ち込んで失くしたと思っていたサッカーボールだ。
「これで私の力を信じてもらえたでしょう。そして、さきほどお伝えした言葉の意味がわかりましたか。」
魔人は10歳のA氏のもとからボールを持ってきた。つまり、無から物を生み出せるわけではないというのは、魔人がボールを生み出すわけではなく、魔人はどこかからボールを調達するだけという意味か。A氏は理解してきた。
A氏が魔人に叶えてもらう願いは、他の誰かから調達するのだ。
つまり、A氏が得する分、誰かが損をする。そういうことだとA氏は理解した。
「では、1つ目の願いをどうぞ」
A氏は悩んだ。誰かのモノを盗むということに対して良心が痛んだわけではない。叶えてもらいたい願いが次から次へと頭に浮かび、選び切れなくて悩んだのだ。
たっぷり悩んでからA氏は結論を出した。
「一生困らないくらいの大金をください」
まずはお金だろう。原資になるお金さえあれば、なんでもできる。
「承知しました」
スーツの魔人はそういうと、また煙のように掻き消えて、一瞬で戻ってきた。
そして、A氏に通帳を渡した。
それはA氏が普段使っている銀行の通帳だった。
A氏は渡された通帳に目を落とした。
見たことがない桁の大金が入金がされている。
一、十と数えていくと、100億円のお金が入金されていた。
ひっくり返りそうになった。
たった数秒でA氏は億万長者になったのだ。
こんなことが現実に起きるものなのか。
「では、2つ目の願いを」
2つ目の願いは決まっていた。
「一生自分を愛してくれる女性を連れてきてくれ。もちろんとびっきりの美人を」
A氏は言った。お金と恋人。ずっと望んでも手に入らなかったものだ。
「承知しました」
魔人は、またもまったくためらわずに答えた。
一瞬消えると、女性をともなってあらわれた。
まるでA氏の理想を絵に描いたような女性だった。
清楚だけど艶っぽく、スレンダーな身体に長い黒髪がよく似合っている。
「こんにちは」
少しハスキーがかった声でニコッと笑った瞬間、A氏は女性に恋に落ちていた。
それがA氏の妻となる女性だった。
A氏の妻は献身的に尽くしてくれた。
A氏がなにをしようと嫌な顔一つせず、愛情を注ぎつづけてくれた。
「では、最後の願いを・・・」

A氏の話の途中で、身代金を乗せた車が止まった。
受け渡し場所に指定された埠頭の倉庫の近くに到着したのだ。
「それで、最後に何を願ったんですか」
「それは、妻を無事に取り戻せたらお話します。刑事さんは、こんな荒唐無稽な話を信じれるんですか」
無論、信じがたい話だ。ただ、目の前の男が嘘をついていないのはわかった。長年、刑事を続けてきたY刑事の勘がそう告げている。
「刑事さん、ボクは誘拐犯の正体がわかった気がします」
「誰ですか」
「ボクが魔人に願いを叶えてもらったせいで、お金や愛する女性を盗まれた人です。どうしてかはわかりませんが、ボクが願ったせいで自分の大切なものが奪われたことを知った犯人が恨んで今回の犯行に及んだのではないでしょうか」
「恨みだとしたら厄介ですね。身代金が目的ではないかもしれない」
「ボクは犯人の本当の目的もわかっている気がします」
そう言って、A氏はランプを手に取った。
「3つの願いを叶え終わった後、魔人は二度と現れませんでした。犯人は、このランプを手に入れたいのではないでしょうか。だから、ボクはランプを持ってきたんです」
その時、後部座席のドアが開いて別の刑事が言った。
「Aさん、時間です」
A氏は、身代金が入ったボストンバックを手にした。
A氏の身体には小型のマイクがそなえつけられている。倉庫内の様子は音声で把握できる。埠頭の前は、刑事たちが潜んで固めている。ねずみ1匹逃げられない。
A氏は、Y刑事にうなずき、埠頭倉庫に向かっていった。
Y刑事は、A氏の背中を見送り、A氏の話を思い返していた。
あまりに突拍子がない話すぎて、どう理解すべきかわからない。
けど、A氏が嘘をついてないのは確かだ。
それだけはわかる。
そして、A氏の証言が真実だとしたら、なんとも因果な事件だ。

埠頭の倉庫の中はガランとしていた。
さまざまな荷が置いてあったが、まったくひとけはなかった。
A氏は、ボストンバックを地面に置いてまった。
時計を確認すると受け渡し時間ぴったしだった。
「身代金は持ってきたぞ」
姿を現さない犯人に呼びかける。
その時、突然、暗がりに人影が見えた。
靴音が近づいてくる。
明かりの下に姿をあらわした人物を見て、A氏は固まった。
「なんで、あんたが、、、」
高級そうなスーツにコートを着た40代くらいの男。
間違いなく魔人だった。
「お久しぶりですね」
「あんたが妻を誘拐したのか、どうして」
「ちゃんと説明したはずですがね。私は無から何かを生み出せるわけじゃないと」
A氏は、電流に打たれたように、理解した。
5年前、A氏が魔人に願い手に入れたものは、全て未来のA氏のものだったのか。
思い返してみれば、A氏の妻はこの5年まったく歳をとっているように見えなかった。
だとしたら、、、だとしたら、、、
「あなたが願った3つめの願いを覚えていますよね」
「そんな、、、待ってくれ、、、私は、、、」
「これはあなたが願ったことですよ」
A氏は心臓に先天的な持病を抱えていた。医師からは長くは生きられないと告げられていた。
健康な心臓。それがA氏が願った3つ目の願いだった。
魔人の手がA氏の左胸に伸びた。

刑事達が耳にはめていたイヤホン越しにA氏断末魔の叫びが響いた。
走って倉庫に向かったY刑事が目撃したのは、心臓を抉り取られたA氏の死体だった。
A氏の遺体の顔は恐怖で歪んでいた。
イヤホン越しに新たな情報が入った。
A氏の資産が全てどこかに移動されたという。
誘拐犯がA氏の遺体の指紋を使って手続きをしたものと思われた。
その後、A氏の妻の行方は杳としてわからなかった。
誘拐犯の手がかりも皆無である。
A氏が持ち込んだ西洋ランプは現場から忽然と消えていた。

A氏の話が真実だったのかどうかは、Y刑事にも誰にもわからない・・・。

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