第70話「おばあちゃん」

私はホームヘルパーをしています。
要介護の高齢者のご自宅に訪問して、入浴、排泄、お食事のお世話をしています。
これは、新しく担当になったおばあちゃんにまつわる怖い話です。

Kさんは要介護のおばあちゃんで身寄りがありませんでした。
ヘルパーの介助なしでは日常生活を送るのは困難で、認知症の症状も出ていると説明を受けておりました。

初めの2、3日は何事もなく過ぎていきました。
Kさんは、おとなしい人で、暴れたりもしませんし、介護しやすい方でした。
ベッドから外に見える庭をボーッと何時間も眺めている、そんな人でした。

ところが1週間ほど経ったある日、テレビを見ていたKさんの様子がおかしいことに気がつきました。
今時の小学校の様子がワイドショーで放送されていたのですが、Kさんは、おちつきなく身体を揺らしてウーウーうなりはじめました。
「どうしたの?Kさん」私はたずねました。
突然、Kさんは、骨が浮き出た手で私の服の裾を握りました。
びっくりするほどの力強さでした。
「お家に帰して!」
Kさんは歯がない口を精一杯開けて叫びました。
「お家に帰して!お願い、お家に帰して!」
「お家はここでしょ?Kさん」
Kさんは目に涙をためていました。
「お母さんに会わせて!お母さんに会わせて!」
その後もKさんはまくしたてました。

あまりに様子がおかしいので、私は事務所に連絡して、対応を相談しました。
すると、以前からKさんは、認知症のせいで幼い子供のような言動を取ることがあるので、気にしなくていいと言われました。Kさんは、自分を9歳の女の子だと思っているというのです。前にも、そういう方を担当したことがあるので、私はそういうものかと納得しました。

電話を終えてKさんのもとに戻ると、Kさんは画用紙にクレヨンで絵を描いていました。
女の子の絵でした。子供のお絵描きのようなタッチでした。
「何を描いているの?Kさん」
「・・・わたし」
まるで本当に小さな女の子の口から発せられたかのような、かわいらしい言い方でした。
完成した絵を見て、私は気になる部分を見つけました。
絵の右上の方に、黒一色で、老婆が殴り書きのように描かれていたのです。
毒々しい乱杭歯をむき出して爛々と瞳を光らせた老婆は、見ているうちに不安を掻き立てられる絵柄でした。
「・・・これは、誰?」私はKさんに尋ねてみました。
「悪い人。私の身体を盗んだの」
Kさんは、ある日、学校帰りに老婆と出会い、おかしなまじないをかけられて身体を奪われたのだと、ぽつりぽつりと語りました・・・。
話し終えるとKさんは眠ってしまいました。
痴呆症のせいで幼い言葉づかいをする人はいましたが、Kさんのように、突拍子のない話をする人は初めてでした。どう受けとめたらいいのか、私は困ってしまいました。
ですが、それ以降、Kさんがおかしなことを言うことはありませんでした。

週末。
4歳になる孫娘が遊びにきたので、一緒に近所の公園に遊びにいきました。
家族に見守られて遊ぶ子供達が公園にはたくさんいて、孫娘もすぐに新しい友達を見つけて、楽しそうに駆け回っていました。
その時、近くのベンチに小学生くらいの女の子が一人で座っているのに気がつきました。
何百ページもありそうな分厚い本を読んでいます。
お人形のようにかわいらしい女の子の見た目とのギャップに違和感を覚えました。
すると、女の子が本を閉じて立ち上がりました。
「・・・どっこいしょ」
まるで、老人のようなしわがれた声が女の子の口から聞こえてきたのです・・・。

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