第71話「幽霊タクシー」

2018/05/30

 

この前、タクシーに乗っていて恐ろしい体験をした。

会食後、終電がなくなってしまったので、町田から茅ヶ崎の自宅までタクシーで帰ることにした。
駅から少し離れた路地にもかかわらず、運よく一台の個人タクシーが通りかかってくれたので乗り込んだ。
ドライバーさんは、60代くらいのメガネをかけた穏やかそうな人だった。
「どちらまで?」
自宅の住所を告げると、ドライバーさんは、「はい」と言って小さく笑った。
妻に今から帰る旨のメールを送ろうと思って、しばらくスマホを操作していたら、なんだか視線を感じた。ふと見上げると、バックミラー越しにドライバーさんと目があった。
行き先を告げた時と同じように、目に微笑みを浮かべている。
「どうかしました?嬉しそうですね」無視するわけにもいかず私は尋ねた。
「・・・いえいえ、たいしたことじゃ」
「なんですか?気になるなぁ」
「ほんと、たいしたことじゃないんですよ」
「だったら、なおさら言ってくださいよ」
「いや、嬉しくてですね、つい」
「何かいいことでも?」
「・・・久しぶりに”生きた“お客さん乗せたものですから」
まるで、今日の天気を話すみたいな口調だった。顔は変わらずニコニコしている。
「・・・気味悪いですよね。すいません。変な話して」とドライバーさんは恐縮した。
普通の人ならここで料金を精算してタクシーを降りるのだろうが、その時、私はお酒が入っていたのと、元来、好奇心が強い性質だったので、よせばいいのに質問をしてしまった。
「それって、幽霊が乗ってくるということですか?」
「ええ、まあ・・・お客さん、こういうお話は嫌じゃないんですか?」
「ちょっと興味ありますね」
「それなら、少しお話してもよろしいですか?」
それから、ドライバーさんは、堰を切ったように話を始めた。
おそらく、ずっと誰かに話を聞いてもらいたかったのだろう。

「・・・よく怪談なんかで、タクシー運転手が客を乗せたら、行き先は墓場で、いつの間にか乗客は消えていたなんて話があるじゃないですか。もう、そういうことが、しょっちゅうでして。引きつけてしまうんですかね。深夜過ぎると、私のタクシーに乗ってくるのは、ほとんどが、お化けなんですよ。別に何かされるわけじゃないんですけどね。ボソッと行き先だけ告げると、後は、じっーと黙って座ってて、目的地についた時には気づいたらいないんですよね。だから、最近は、わかってきましたよ。その人が、生きてるか死んでるか」
「もしかしたら、私もすでに死んでいるのかな?」私は、笑って言った。
「いえ、お客さんは大丈夫。生きてますよ。私が保証します・・・で、そんな状態なもんだから、普通のお客さんが取れなくて、商売も上がったりで、借金も増えるし困ってたんですよ。そんな時、お客さんとして、ある高名な霊能力者の先生が偶然、私のタクシーに乗ってきましてね、その方に言われたんです。あなたの力は授かったものだから、積極的にこの世を彷徨う人たちを乗せてあげてくださいって。そのためなら、いくばくかの援助もさせていただきますって言ってくださいまして。びっくりされるかもしれないですけど、実は私、お化けを乗せて生活費稼いでいるんです。幽霊タクシーってことになるんですかね」
「・・・」
「・・・こんな突拍子もない話、信じられませんよね」
「いやいや」
「いいんですよ。私が逆の立場だったら、タクシー乗り換えますよ。お客さんはいい人ですね」
どう反応していいのかわからず、黙っていると、ドライバーさんもそれ以上はしゃべらず車内に沈黙が下りた。
ふと外を見ると、いつの間にか幹線道路を外れて山道を走っていた。
きっと近道なのだろう。
そう思うのだが、さっきのドライバーさんの話を聞いた後では、まるで別世界に迷い込んでしまったような奇妙な気持ちを掻き立てられた。
何かしゃべろうかと思うのだが、何も思い浮かばない。無言のままタクシーはずんずん山を登っていく。やがて街灯がなくなり、風景は真っ暗な林道になった。
このタクシーは本当に私の自宅に向かっているのか・・・?
背中に冷たい汗を感じ、酔いはすっかりさめていた。
ドライバーさんは、穏やかな笑みを浮かべたまま、ハンドルを握っている。
「あの・・・」
そう口を開いた瞬間、タクシーはブレーキをかけて止まった。
後部座席のドアが開く。冷たい夜風が車内に吹き込んできた。
いったいどういうつもりなんだ。ここで降りろとでもいうのか。
外を見て、私はゾッとした。
そこは墓場だった。
「いくら何でも冗談が過ぎるよ!」
私は恐怖心を和らげようと思わず大声を出した。
すると、ドライバーさんは首をねじって後部座席を振り返って言った。
「・・・お客さん。怖がらせちゃいけないと思って黙ってたんですが、実は相乗りだったんですよ」
「・・・え?」
その瞬間、冷たい空気の塊が私の横を抜けて外へと出て行ったような気がした・・・。

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