ビーナスラインの怖い話
ビーナスラインは、長野県にある観光ドライブウェイ。
八ヶ岳山麓から標高約2000mの美ヶ原を結ぶ全長70kmを超えるルートで、高山植物が咲き誇る高原にはいくつもの絶景ポイントがあり、全国からツーリングやドライブに訪れる人たちがいる。
昼のビーナスラインは雄大な景色と風を感じられる観光道路だが、夜になると車通りも少なくなり様相は一変する。
Bさんは、ある年の夏、当時付き合っていた彼女とビーナスラインにドライブにでかけた。
色々寄り道をしていたせいで、諏訪インターで高速を降りた時には、すでに日が傾き始めていた。
白樺湖を通り車山高原を抜けるあたりまでは視界も開けていたが、美ヶ原高原に向かう途中あたりは完全に闇に包まれた。
ついさっきまでは反対車線を走る車やバイクを見かけたが、暗くなると急に車通りがなくなり、ビーナスラインを独占状態になった。
「暗いねー」などと言いながら、その時はまだ楽しくドライブを続けていたのだが、霧が出てきて事情が変わった。
ライトが照らすのは真っ白い霧だけ。
数十メートル先のカーブも見えない視界不良でアクセルを踏むのが怖くなり、一番近くの休憩ポイントに車を停めることにした。
霧が晴れるまで2人は車の中で休むことにした。
すると、彼女が水筒を取り出した。
コーヒーを作ってきたから飲もうという。
内心、そんなのあるならもっと早く出してよと思ったが、Bさんは喧嘩したくなくて黙っていた。
彼女は気性が荒らく怒らせると面倒なのだ。
コーヒーを飲んでリラックスしていると、霧が晴れてきた。
「いこっか」
Bさんたちは再び真っ暗なビーナスラインに戻った。
しばらく走ると、再び視界が悪くなってきた。
しかし、今度は霧のせいではなかった。
見るもの全てがグニャッと歪んで、どうにも瞼が重い。
Bさんは、強烈な眠気に襲われていた。
このまま運転するのは危ない。
そう思って助手席の彼女を見ると、目をつむって眠り込んでいた。
手元の傾いた水筒のコップからコーヒーがこぼれていた。
まさか、さっきのコーヒーになにか入っていたのか、、、
そう気づいた矢先、いきなりガードレールが目の前に現れた。
眠気のせいで気がつくのが遅くなったのだ。
叫び声を上げ、Bさんは汗だくで目を覚ました。
「大丈夫?」
隣に、彼女の心配そうな顔があった。
さっきの休憩ポイントから車は動いていなかった。
眠って夢を見ていたらしい。
「うなされてたよ」
「すごい嫌な夢を見てさ」
Bさんが今見た夢を彼女に話して聞かせると、彼女はケラケラと笑った。
「水筒のコーヒーとか持ってきてないよ」
「そうだよな」
いつのまにか霧も晴れていたので、
Bさんは再び車を走らせた。
頭の中はさっき見た夢のことでいっぱいだった。
妙にリアルで気味が悪い夢だった。
まだ夢から醒めてないような違和感が身体にあって、背中に冷たい汗が流れた。
何かの暗示なのだろうか。
もしかしたら、昔、ビーナスラインで夢で見たような心中事件が実際にあったのかもしれない。
夢で事件を追体験していたのだとしたら、恐ろしい話だ。
変な夢を見たせいか、しばらく走ると、ドッと疲労を感じた。
「ちょっと休憩していい?」
高原を抜けてはじめて見えたコンビニに停車して休憩することにした。
彼女がコンビニにお手洗いにいっている間、Bさんはシーツに深くもたれて、少しでも疲れを取ろうと思った。
室内灯をつけて、後部座席に置いたリュックから飲み物を取ろうとして、ふと、彼女のバッグに目がいった。
室内灯の光に、バッグの奥の方で反射するものがあった。
何か金属的なもの。
何気なく手を伸ばして、取り出してみてBさんは言葉を失った、、、
水筒。
蓋を開けてニオイを嗅ぐと、コーヒーだった。
もしさっき夢の話をしていなければ、このコーヒーをすすめられたのか、、、?
彼女がコンビニから帰ってくるのが見えた。
Bさんは慌てて水筒をバッグに戻した。
助手席に乗り込んできた彼女は、ニコッと笑ってコンビニのドリップコーヒーを差し出してきた。
頼んでもいないのに。
「はい、眠くならないように」
帰り道、Bさんはコーヒーを飲まない言い訳を繰り返し、なんとか帰路についた。
すぐに引っ越しをして、携帯電話の番号も変え、その後、彼女と会うことはなかったという。
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