大江戸線の怖い話

これは、数年前、地下鉄の大江戸線に乗っていた時に体験した怖い話です。

時刻は午後11時過ぎ。
私は仕事からの帰りで、汐留から新宿に向かっていました。
運良く席があいていて座れたので、目をつぶってウトウトしていると、女の人の声が聞こえてきて、目がさえてしまいました。
うるさいなと思って、目を開けると、向かいの席の60代くらいのスーツの男性を、隣に座るソバージュ髪の女の人がしかっていました。
年代は同じくらいだから、夫婦でしょうか。
耳元でまくしたてているのと、電車の音で、なんと言っているのかまでは聞き取れなかったのですが、奥さんはすごい剣幕で怒っていて、旦那さんは黙って俯いてジッと聞いていました。
喧嘩ならよそでやってくれよと思っていると、青山一丁目の駅に到着しました。
すると、奇妙なことに、旦那さんと思っていた男の人だけ青山一丁目駅で降りていって、奥さんはそのまま電車に残りました。
まさか、知り合いじゃなく、絡まれていただけだったのでしょうか。
つい気になって、広告を見るフリをしながら、電車に残った女の人の方をうかがっていると、空いた隣の席に別の男性が座りました。
くたびれたパーカーとジーンズを着た若者でした。
すると、若者が座るやいなや、その女の人が今度は隣の若者の耳元ですごい剣幕でまくしたて始めました。
鬼の形相という言葉がぴったりでした。
大きな声で怒っているはずなのに、音は意味のある言葉として聞こえません。わけのわからない呪文を耳元で唱えているようでした。
若者の方は、関わらない方がいいと思っているのか、黙って俯いていました。
さきほどのスーツの人と同じ反応です。
まくしたてる初老の女の人と黙ってそれを聞く若者。
異様な光景でした。
自分にまで累が及ぶと嫌だなと思って、席を立って隣の車両に移りました。
けど、気になって、視線は2人の方に向いてしまいます。
私が新宿で電車を降りるまで、女の人は若者の耳元でまくしたてていたようでした。
降車する時に見てみると、いつのまにか、女の人の姿は消えていました。

いったいなんだったのだろうと、降りてからしばらく考え込みました。
若者の反応が奇妙だなと思いました。
あんなに耳元でまくしたてられて、黙って椅子に座っていられるでしょうか。
私のように、普通は席を立つでしょう。
もしかしたら、若者には女の人が話している声が聞こえていなかったのかもしれない、と思いました。
私は、この世ならざるモノと遭遇してしまったのかもしれない。
そんな気がして、急に背筋に寒気を覚えました。

それから2週間くらいして、、、
その日も私はクタクタに疲れていて、汐留駅で空いている席に座るとすぐにうつらうつらしてきました。
目を瞑ってると、椅子のクッションが少し沈み、誰かが隣の席に座ったのがわかりました。
それからすぐに、低い女の人の声が隣から聞こえてきました。
『あー、しゃー、みー、とー、ろー』
音に言葉をあてるならこんな感じですが、言葉になっていない呻き声といった方が近いと思います。
怒ったお坊さんが滅茶苦茶にお経を唱えているかのようでした。
声は耳元のすぐ近くから聞こえました。
・・・あの女の人だ。
私はすぐに悟りました。
『なー、たー、りー、こー、そー』
全身に悪寒が走って嫌な汗が浮かぶのがわかりました。
寒くてしょうがありませんでした。
目を開けたいが、怖くて、目を開けられません。
逃げたいのに席を立てませんでした。
『やー、まー、しー、れー、ぬー』
声は止む気配がありません。
ひとつひとつの言葉が、血管を巡って、脳を震わせるような感覚がありました。
早く終わってくれ、駅についてくれと祈りました。

ようやく電車が減速をはじめ、駅に到着しました。
私は、目を開けないまま立ち上がり、電車を駆け降りました。
何人かとカラダがぶつかって悪態をつかれましたが、それどころではありませんでした。
とにかく電車を降りたかったのです。
ホームに降り立ち、車内を振り返ると、女の人の姿はなく、私が座っていた席の隣は空いていました。

呆然と立ち尽くしたまま、電車が次の駅に向かって走り出すのを見つめていました。
電車が走り去ると、ゴーーという風の音がホーム内に響きました。

(一体、なんだったんだろう、、、)

後続の電車がくるのを待ちながら考えましたが、納得のいく説明は一つも浮かびませんでした。
私が疲れて幻聴を聞いたのかもしれないですし、やはり心霊的な現象なのかもしれませんが、得体の知れない現象であることは間違いありません。
汗が冷えて、ブルッと身体に震えが走りました。
後続の電車のアナウンスがあって、ゴトンゴトンと音がして後続電車がホームに入ってきました。
電車が停車して乗り込もうとしたその瞬間、私は雷に打たれたように、その場に立ち尽くしました。
あの奇妙な女の人が乗っていたのです・・・。
さっきの電車にもいたんじゃなかったのか。
隣の席の人の耳元でまた何やらまくし立てているのが窓越しに見えました。
私は、立ち尽くしたまま、その電車を見送りました。
そして、また次の電車がきました。
すると、やはり、また同じ女の人が乗っています。
別の乗客の耳元で何かまくし立てているのです。
乗車位置を変えて、次の電車を待ちましたが、やはり次の電車にも女の人はいました。
何度電車を見送っても、同じ女の人が乗っていました。
まるで私を追っているかのようでした・・・。
私は、電車で帰るのを諦めタクシーで自宅まで帰ることにしました。
階段をのぼり、駅を出て、タクシーを呼び止め、乗り込みました。
「どちらまでいかれますか?」
私が運転手さんの方を向くと同時に、助手席からニュッと女の人の顔が現れ、運転手さんの耳元に口を寄せ、まくし立て始めました。

その後、タクシーを飛び出しような、叫んだような気もするのですが、不思議無ことに、それ以降のことは、あまり覚えていません。
ですが、その日以来、女の人を大江戸線で見かけることはなくなりました・・・。
一体、なんだったのか、それは今でもわかりません。

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