【怖い話】集合ポスト

ある日のこと。
仕事でクタクタに疲れて自宅マンションに帰ってきた私は、日々のルーティンで、郵便物を確認しようとポストに手を入れて、ハッと手を引っ込めた。
ポストの中で誰かの手に触れた気がしたのだ。
指先に、人肌に触れた感覚が微かに残っていた。
私がくらすマンションの集合ポストは、家の鍵をセンサーにかざしロックを開けるようになっていて、裏側にバックヤードがあり、配達の人達はバックヤード側から郵便物や荷物を各部屋のポストに入れる仕組みになっている。
なので、ちょうど郵便を入れる時にはちあってしまったのかと思って、ポストの中をすぐにのぞいたけど、もう誰かの手はなく、耳を澄ませてバックヤード側の気配をさぐってみても、人が動く音は聞こえなかった。
偶然起きたことことはいえ、少し怖いような、なんともいえない妙な気分になった。

そんなことがあってから数日後。
同じマンションに暮らす人と話す機会があった。
先日起きたポストの話をすると、その人もなんと同じ経験をしていたことがわかった。
聞くと、経験したのは私たちだけでなく他にも何人かいるらしい。
私は驚いたと同時に、そんな頻繁に偶然が起きるものかと違和感を覚えた。
そんな私の内心を察してか、ご近所の人は、変質者が故意にやっているのではないかという噂があると話してくれた。言われてみると、確かにそんな気がする。
被害者の1人がクレームを管理会社にいったらしく近々バックヤード側に防犯カメラを設置するという話になっているのだと、その人は教えてくれた。

それから1ヶ月くらいたって、再びご近所さんと話す機会があった。
私は、その後、バックヤードにカメラを設置してどうなったかさりげなく聞いてみた。
犯人が見つかったのかずっと気になっていたのだ。
ところが、私の質問に対して、ご近所さんの顔が曇った。
「それがね、、、誰も映ってなかったんですって」
「誰も映ってなかった?」
カメラを設置してから数日して、また、ポストの中で人の手に触れたという人が現れた。
さっそく管理会社の人が、該当の時間帯の防犯カメラの映像を確かめてみたが、バックヤード側には誰の姿も映っていなかった。
被害にあった本人も含めて複数人で再度確認したが、ロビー側で郵便ポストを確認してハッと手を引っ込めた被害住人の姿は映っているのに、バックヤード側には誰の姿も映っていなかった。
「だから、、、このことはもうあまり騒ぎにしない方がいいって話になったみたい」
ご近所さんが暗に言おうとしているのは、心霊現象の類だとマンションの住人に騒ぎが広まらないようにとのことだろう。
「引っ越しを考えてる人もいるみたいよ」

そんな話を聞いてしまったものだから、郵便ポストの確認に毎回ビクつかなければいけなくなってしまった。
ポストのロックを開けた後、少し距離を開けて中腰になり、まず中を確認してから郵便物を取るようにした。
他の物件に引っ越すといっても、貯金を切り崩して今のマンションに移ってきたので、おいそれと動ける状況ではない。
管理会社も必死なのだろう。
ある日から、郵便ポストが並ぶ一角に盛り塩が置かれるようになった。
これでは、何かありましたと逆に言っているようなものだが、効果があることを願わずにいられなかった。

けど、現実は、そううまくいかなかった。
ある日、ポストの中にAmazonの小口封筒が届いていたので取り出したのだが、私は思わず声をあげて封筒を落としてしまった。
封筒の端に黒い筋のような跡がいくつもあった。
まるで誰かが何度も爪で引っ掻いて封を開けようとした跡のように見えた。
私は怖くなって、ポストの中に盛り塩を置いてみた。
盛り塩を置いた次の日、ポストの中を覗いて、私はすぐにポストを閉めた。
バックヤード側から誰かの目がこちらを覗いていたのだ。
血走った白目と見開いた瞳孔がはっきり見えて、恨めしそうに盛り塩を睨んでいた。
私は、身が凍る思いがして、何も考えれなくなって、その場から動けなくなってしまった。
すると、通りがかりの住人が声をかけてきた。
「あなたも?、、、最近、ひどくなってきてるわよね」
その住人が手に持つ葉書は、真っ黒い指の跡で至る所が汚れていて、手で千切られていた。

ついに、私は、郵便ポストを確認するのをやめた。
毎日、重要書類が入っているわけではないし、DMやチラシがたまっていこうが怖い思いをしたくない気持ちの方が優った。
大切な郵便物が届くわけでもないのに、ルーティンになってしまっていただけだと気がついた。
ポストを確認するのをやめてからは怖い思いをすることもなくなった。
幽霊の仕業だとしても集合ポストに限定される現象らしい。

そんなある日。
管理会社からの奇妙なお知らせがマンションの掲示板に張り出された。
『ポストで発生しておりました、いたずらや迷惑行為は、対処の結果、収まりました。安心してポストをお使いください』
ぼかしてあるが例の心霊現象に対処したことを知らせる内容に違いなかった。
本当なのかと久しぶり郵便ポストを開けてみると、DMやチラシが雪崩れるようにこぼれ落ちてきた。
ポストの中を覗いても特に何もおかしなところはなかった。

大量のDMやチラシを手にエレベーターにむかっていると、はじめに例の現象について話をしたご近所さんと久しぶりに顔を合わせた。
「解決したんですか?」
私がたずねると、ご近所さんは手招きして私をポストの裏のバックヤードに誘った。
はじめて入るが、バックヤード側は、暗くて冷んやりしており、人がようやくすれ違えるくらいの幅の道が集合ポスト分伸びていた。
その1番奥に私は連れて行かれた。
住民が不在時に使う宅配用の大型の郵便ボックスがあって、そのボックスに『使用禁止』と張り紙が貼ってあった。
表側には何も貼ってなかったので、配達人向けの張り紙だ。
「専門家の人のアドバイスで、この中に、管理会社の人が何か入れたらしいわよ。そしたらおかしな現象がピタッと収まったって」
「何を入れたんですかね?」
「神棚とかお札じゃないかって話だけど、中身については、管理会社の人も教えてくれないんですって」

それから、再び、毎日郵便ポストを確認するようになったけど、今のところ一切怖い目にはあっていない。
現象が収まったのだとしたらいいことだが、1番奥の開かずの宅配ボックスに何が入っているのかは、その後もわからずじまいだ。
ある時、ふと気になって、1番奥の宅配ボックスの前に立って、耳をすませてみた。
すると、カリカリと何かを引っ掻くような音と、「はぁぁ」という人の吐息のような音が微かに中から聞こえた気がして、私は急いでその場を後にした。

#536

-アパート・マンションの怖い話, 怖い話