【怖い話】怪談理髪師

 

とある地方に「怪談理髪師」なる人がいるらしい。
その名の通り、髪を切ってもらっている間、ご主人が怪談を語ってくれるという理髪店だ。
前から興味があり、先日、ついに足を運んでみることにした。

一時間に一本しか走っていない路線を乗り継ぎ、降りた駅は秘境のような場所だった。
そこから徒歩で30分。
山を背にして住宅が建ち並ぶ中に、目的の店はあった。
店先に床屋さんによくある赤青白のサインポールが立っていた。
店構えは昔ながらの風情だ。

店に入ると、ご主人と思しき人が新聞を読んでカット用の座席に座っていた。
お客は私以外にはいなかった。
禿げ上がった頭に小さな丸眼鏡のご主人が新聞から顔を上げ、「いらっしゃい」と気の抜けた声で言った。
「どうぞ」と席へ案内され、散髪ケープを着せられた。
「どう切りましょう」
無愛想を通り越して心がない感じの言い方でご主人が言った。
はなから客をもてなす気がなさそうだった。
お店を変えたいくらいだった。
けど、私はここに髪を切ってもらいにきたわけではない。
私は目的を思い出し、たずねた。
「あの、髪を切ってもらっている間に、怪談を話してもらえると聞いたのですが・・・」
ご主人はチラと私を一瞥したが何も答えなかった。
そればかりか注文も聞かず髪を切り出した。
さすがに抗議しようかと思った時、ご主人が消え入りそうな声で話し始めた。

「・・・私ら散髪屋も、自分の髪を切らないとなりませんよね。自分で切って不揃いになっても世間体が悪いもんだから、私は隣町の床屋に通っていました」

どうやら怪談が始まったようだ。

「トクさんという主人がやってる店で、トクさんも自分の髪を切る時は私の店に来る。まあ、つまりお互いの髪を切るわけだ。そんな関係が20年以上続きました。ところが、ある時、トクさんの店に客のフリをした強盗が入りましてね、トクさんは無情にも殺されてしまった。髪を切ってる最中に自分のハサミを奪われて刺されてね。床屋が商売道具で殺されるってんだから皮肉な話ですよ・・・」

チョキチョキチョキチョキ

髪を切る音がご主人のか細い声に混ざって聞こえ、なんだか不思議な心地になってきた。
暑すぎるお風呂に入って、心地よいと同時に身体がむずむずする、そんな感覚だった。
ご主人は続けた。

「犯人は翌日にはあっさり捕まりました。博打で作った借金に首が回らなくなった近所のヤクザ者でした。私は、トクさんの葬儀に参列しました。すると、遺族から呼び止められましてね。ハサミを一式渡されました。生前トクさんが使っていたもので、形見分けとしてもらってくれないかっていうんです。私は2つ返事でもらいましたよ。床屋が髪を切りながら殺されるなんて、さぞ無念だったろうと思ったんでね、せめてハサミは私の店でもらってあげようと考えたんです」

チョキチョキチョキチョキ

ハサミの規則正しい音が浅い眠気をもよおさせた。しかし、怪談という非現実の話に耳を傾けているせいか眠りに落ちることはなかった。
お経を聞いているかのように、半ばトランス状態のような感覚になっていった。

「・・・けど、それからおかしなことが起きるようになりましてね。夜中に店の方から音がするんですよ。カチャカチャカチャカチャ。金属がこすれあうような音です。不思議に思って見に行ってみるとピタッと音が止まるんです。そんなことが何回もあって気がつきましたよ。あぁ、きっとトクさんのハサミだって。死にたくなかった、もっと髪を切りたかった、そんなトクさんの無念がハサミにこもってしまって夜な夜な動き出しているのかもしれないなって、そう思ったんです。それから月に何度かトクさんのハサミを出して、使ってやるようにしました。少しでも供養になればいい、そう思ったんです・・・」

チョキチョキチョキチョキ

小気味よい音が後ろから聞こえる。
私は、ふとご主人の話の隠れた意味を悟った。

「・・・まさか、このハサミは」
「そう、お察しのとおり、こいつがそのハサミです」
そして次の瞬間、信じられないことが起きた。
ご主人が回り込んできて私の正面に立ったのだ。
けだ、後ろからはチョキチョキチョキチョキ、髪を切る音が続いている。
目の前に腕組みをしてご主人は立っている。
だとしたら、今私の髪を切っているのは・・・

「こいつは不思議なハサミでね。まるで自分の意志があるみたいなんですよ。すいませんね。注文まで聞く耳はないんで、好きに切らせるしかないんです」

私は怖くて鏡越しに後ろを見れなかった。
チョキチョキチョキチョキ、髪を切る音はしばらく止まることはなかった。

・・・その後、どうやって帰ったかはあまり覚えていない。
ただ怪談理髪師は確かに存在した。

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