第84話「家のトイレが怖い」

社会人になって2年目。俺は一人暮らしをしていた。
毎日、夜遅くまで仕事が忙しくて、満足に寝られず、週末にまとめて寝るという生活の繰り返しだった。
その日も遅くに帰ってきて、お風呂に入ったりしているうちに日付が変わっていた。
最後にトイレに行って寝ようと思って、トイレに入った。
違和感を覚えたのは、用を足して、さあ、出ようという時だった。
トイレのドアの下には数センチほどの隙間があって、そこから廊下の明かりが差し込んでいるのだが、その明かりの筋の中を影がよぎったのだ。
まるで、何かがトイレの前を横切ったみたいに・・・。
初めは見間違えかと思ったが、二度三度と影は横切っていった。
もちろん誰もいるはずなどないし、影を作りそうな揺れるものなど廊下に何もない。
ゾッと悪寒が背中を駆け上ってきた。
俺は、ドアに耳を寄せた。
何か音はしないか。
聞こえてきたのはキッチンの換気扇のブーンという音。
いや、それだけじゃなかった。
その中に、フーフーという荒い人の息遣いのような音が混じっていた。
やっぱりトイレの前に誰かいる!
この薄いドアを隔てた先に、確かに何者かの気配があった。
心臓の鼓動がバクバクと速まり、額に嫌な汗が浮かんだ。
泥棒だったらまだいい。まだ対処の仕様がある。
だけど、俺が恐れていたのは、この世のものではない何かだ。
俺は、トイレの中で悶々と縮こまるしかできなかった。
その間も、影は、何度もトイレの前をよぎった。
すると、突然、バチンと何かが弾ける音がしてトイレの電気が消えた。
「ひっ」思わず声が出た。
何も見えず、振り回すように手を伸ばして、壁やドアの位置を確かめる。
暗闇にだんだんと目が慣れてきた時、ドアノブがゆっくり回っているのが見えた。
何かがトイレのドアを開けようとしている!
俺は両手でがっしりとノブを握った。
瞬間、おもいきりノブがガチャガチャと回り始めた。
必死でドアを開けられないようにドアノブを片手で握り、もう一方の手で鍵をかけた。
ノブはもう回されなかった。
諦めてくれたのか。
それから、しばらく音を立てないようトイレに立て籠もった。
額から汗が何滴も滴ってくる。
じっとしたまま15分くらい経ったろうか。その間、何も異変は起きなかった。
もう大丈夫なのか。自信はない。怖くて仕方ない。
ドアの隙間から表を見てみようと思った。それで何もなければ意を決してトイレを出るつもりだった。
狭いスペースで膝立ちして、床ギリギリまで頭を下げた。汚いとか言っていられなかった。
片目をつぶって、ドアの隙間から表を見ると・・・女と目が合った。
血走った目を見開いた女が、隙間から中を覗いていた。

気がつくと朝になっていた。
なぜか俺はベッドで眠っていた。
あれからどうやってトイレを出たのか、そして、あの女は何者だったのか、それは今もって謎のままだ・・・。

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