それは絶対たどってはいけない救難サイン・・・。
ぼくが住むM町の外れに廃業したホテル跡があって、地元では有名な心霊スポットだった。
高校3年の夏、僕は学校の男友達4人とそのホテル跡に肝試しにいった。
廃墟は、藪の中に埋もれるように建っていた。
長年、雨風にさらされたせいで建物は黒ずみ、見ているだけで不安な気持ちになった。
駐車場の入口は鎖が張ってあり南京錠がかけられていた。
僕たちは自転車を駐車場前の歩道に止め、懐中電灯片手に、鎖をまたぎ越えてホテルの敷地に入っていった。
建物にライトを向けるとガラスがどこもかしこも割れているのがわかった。
暗い窓辺のどこかに、いるはずのない人影でも立ってやしないかと冷や冷やした。
建物の中に入ると、木材や調度類がそこら中に散らばっていた。
壁には、なんのキャラだかわからない絵や卑猥な言葉など、スプレーの落書きがあちこちにあった。
一歩進むたび、なにかを踏み、足音が建物中に響いた。
外は蒸し暑かったのに、建物の中は冷蔵庫の中のように冷んやりしていた。
入る前は、みんな強がっていたが、だんだんと雰囲気にのまれ、進む足が遅くなってきた。
一階の廊下を進んでいくと、突き当たりにぶつかった。そこで、僕たちは凍りついた。
5つの懐中電灯が壁の文字を照らし出した。
「SOS」
蛇がのたくったような文字は、まるで血で書かれたみたいに赤黒かった。
その文字の下は、椅子やテーブルや角材が積まれて山ができていた。
「奥にドアがあるぞ」
1人が気がついた。
懐中電灯を家具類の山の隙間に向けると、たしかに奥に木製のドアがあった。
家具類によってドアは封じられていた。
その時、僕たちはみんな同じ考えが頭に浮かんだ。
奥に閉じ込められている人がいて、その誰かがSOSを壁に書いた。
よくよく考えればおかしい話だけど、その時はなぜか全員が同じことを考えていた。
「この山をどかそう」
「いや、もう帰ろう」
そんな押し問答があって、結局、家具類の山をどかし始めた。
単なる好奇心か救護の精神なのかわからないけど、その時の僕たちは何か目に見えない力に突き動かされていた気がする。
5人もいるので10分程度でドアを開けられるくらいまで片付けることができた。
友達の1人がドアノブを回し、ゆっくり開いた。
長年、開かずのドアだったのか、ドアを開けた瞬間、埃が滝のように流れ落ちるのが懐中電灯の光の中に浮かんだ。
部屋の中は、10畳程度の空間だった。
四面をコンクリートに囲まれていて窓はない。
ひとけもなければ、白骨した遺体に出迎えられることもなかった。
さらに驚いたのは、その部屋の中にモノが何一つなかったことだ。
「おいっ」
友達の1人がうわずった声でいった。
彼は懐中電灯を天井に向けていた。
目で追うと、天井に不思議な模様が見えた。
いや、それは模様ではなかった。
無数のお札が隙間なく貼られ、模様のように見えたのだった。
ミミズがのたくったような文字と朱印が押されたお札。
この部屋の中に、禍々しいものを封じ込めておこうという力強い意図を感じた。
この部屋に入ってはいけなかったのだ、、、。
誰が最初だったかはよく覚えていない。
僕だったかもしれない。
叫び声を上げながら、僕たちは建物から逃げ出した。
自転車に乗り込み山道をノンブレーキで駆け降りた。
気づくと家の近くまで来ていて、みんなとはぐれていた。それぞれ、家に帰ったのだろう。
怖い目にあったせいでクタクタになっていた。
自分の部屋のベッドまでたどりつくと泥のように眠った。
翌日から土日休みで、朝起きて昨日の夜のメンバーにLINEを送った。
けど、土曜の夜になっても誰も既読にならなかった。
ちょっと心配になって、一番近くに住むメンバーの家に行ってみると、昨日から帰っていないと言われた。
それを聞いた瞬間、僕は心臓が飛び上がりそうなほど驚いた。
その足で他のメンバーの家にも行ったが、誰も帰ってきていなかった。
昨日の帰り、ばらばらになるまでに何かあったに違いない。
これからどうしたらいいのか思い悩んでいると、一斉にメンバー全員からLINEが届いた。
SOS
メッセージはただそれだけだった。
内容は不可解だったが、何を意味しているかは読み取れた。
昨晩肝試しに訪れた廃ホテルのあの部屋を指しているに違いない。
僕たちは、開けてはいけない禁断の部屋の扉をあけてしまい、部屋に封印されていた禍々しいモノを外に出してしまったのではないか。
そう思った。
僕は、1人で廃ホテル目指して自転車を漕いだ。
怖い目にあうのはわかっていても友達を見捨てるわけにはいかなかった。
時刻は21時を過ぎていた。
懐中電灯を持参してなかったので、スマホのライトを頼りに昨日と同じルートでホテル内を進んだ。
一人きりだと比較にならないほどの恐怖があった。
暑くもないのに汗が次から次へと溢れて肌をつたうのがわかった。
スマホのライトが、壁に書かれた血文字のようなSOSを浮かび上がらせた。
問題の部屋は、昨日僕たちが逃げたまま、ドアが半開きの状態になっていた。
ドアを押し開けると軋んだ音がホテル中に響いた。
勇気を振り絞り部屋の中に足を踏み入れ、スマホのライトを前に向けた。
・・・4人がいた。
部屋の中央で顔を俯けて立っている。
「おい、大丈夫か」
僕は駆け寄り声をかけた。
けど、反応がない。
その時、気がついた。
部屋にいるのは4人だけではなかった。
5・・・6・・・7・・・8・・・9・・・10・・・数えきれないくらい大勢の子供が4人と同じように俯いて立っていた。
僕は反射的に後ずさりはじめた。
ドアまで逃げれば、、、そう思った瞬間、勢いよくドアが閉まった。
慌ててドアを開けようとノブをひねったけど、鍵がかかったみたいにうんともすんともいわない。
気配に振り返ると、子供達が全員僕の方に向き直っていた。
憎しみに歪んだ無数の目にからめとられ、僕は意識を失った。
気がつくと、廃ホテルの駐車場だった。
心配そうに僕の顔を覗き込む4人の顔があった。
話を聞くと、肝試しで問題の部屋に入った後、僕はいきなり意識を失ったのだという。
逃げて家に帰り翌日になってもいなければ4人からのLINEもきていなかった、ら
だとしたら、その後で体験した恐怖は全て夢だったとでもいうのだろうか。
とても夢とは思えない生々しさがあった気がした。
僕たちは駐車場の前に停めた自転車まで戻り、廃ホテルを後にした。
去り際、ホテルを振り返ると、真っ暗な窓辺に人影が立っているように見えた。
あのSOSの文字は罠で、僕たちが封を開けたせいで、部屋に閉じ込められていた邪悪なモノ達が外に解き放たれてしまった、、、そんなことになっていないことを切に願いながら、僕は家に帰った。
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