安産祈願の怖い話

 

子供ができたのがわかったのは今年の春だった。
カレに告げるのは不安もあったけど、予想に反して喜んでくれて、「一生守るから」とプロポーズしてくれた。

それからすぐに勤めていた職場で産休の申請をした。
仲がいい同僚以外には妊娠の事実を告げなかったけど、
噂が出回るのは早く、一度も口をきいたことがない別部署の課長までも、
私の妊娠を知っていた。

妊娠8週目の昼休み明け、女子ロッカーでお化粧を直していると、
同じ部署のB子さんが近寄ってきた。
B子さんとは3年以上同じデスクのシマで働いているのに、
お互いの家族構成すら知らない。
B子さんは職場の誰とも仲良くしようとしない。
いつも1人で昼食を取り、仕事中は一切の私語をせず、会話に混ざろうとしない。
もちろん忘年会や歓送迎会などに顔を出したこともない。
痩せすぎなほど痩せていて、陰で「ミイラ」とバカにされている。

そんなB子さんが私になんの用だろうか。
少し緊張した。
「これ・・・」
そう言ってB子さんはお守りを私に渡してきた。
安産祈願と刺繍された黄色いお守り。
聞いたことがない神社の名前。
B子さんの地元なのだろうか。
「私に?」
「元気なお子さん産んでね」
そう言ってB子さんは、薄っすらほほ笑みを浮かべた。
普段、しかつめ顔をしてパソコンに向かっている表情しか見てなかったので、
意外な一面を見たような気持ちがした。
きっとB子さんはコミュニケーションが苦手なだけで心は優しい人なのだ。
そう思うと、少しこみ上げてくるモノがあった。

妊娠10週目に入った。
この頃、少し体調が悪い。
体調が悪いからだろうか、色々不運が続いていた。
同僚から風邪をもらい、階段で転んで足を捻挫した。
仕事のささいなミスも続いた。
カレとも喧嘩ばかりだった。
マタニティブルーで神経質になっているのだと決めつけてかかり話を聞かないカレに私は余計に苛立った。

そんなある日、奇妙なことに気がついた。
カバンの中に入れていたB子さんからもらった安産祈願のお守りの下半分が腐ったみたいに黒ずんでいた。
何か食べ物でもつけてしまったのかと思ったけど、そんな記憶はない。
お守りが黒ずむなんて不吉だ。
振り返ってみれば、このお守りをもらった時くらいから、不運が続いていた。
ネットで神社名を検索してみたけど、引っかからない。
地図アプリにすら出てこないなんてあるだろうか。
ますます嫌なモノを感じた。

翌日、私はB子さんに黒ずんだお守りをつきつけた。
「これなんなの!」
B子さんは、黒ずんだお守りを確認して、言った。
「そのお守りね、とても特別なものなの。あなたの周りの人達の気持ちを吸収するの。元気な子供を産んで欲しいと願う気持ちが強ければ、お守りがあなたを悪いモノから守ってくれる。反対に、子供なんて生まれなければいいのにという負の気持ちが強ければ、お守りは黒ずんでいき不運が訪れる。私は、応援してるのよ。けど、あなたの周りに、あなたの不幸を願う人がいるのかもしれないわね」
B子さんが、どこか満足そうな顔をしていたのは気のせいだろうか。

会社のみんなは妊娠を祝ってくれているように見える。
カレだって出産を楽しみにしてくれているはず。
でも、本当にそうだろうか・・・。
心の奥では誰も私の子供など望んでいないのではないか。
B子さんの口車に乗らされているだけと思うのに、
疑惑の芽はみるみるうちに膨らんでいく。

そんな時、夜分に急激な腹痛に襲われた。
こんな時に限ってカレは出張でいない。
自分で119番に電話をかけ救急車を呼んだ。
診断の結果、子供の流産がわかった。
頭が真っ白になった。
過度のストレスが原因だろう、と先生は言った。
カレは何も言わなかったけど、その目から私を責めているのを感じた。
ほどなく私達は別れ、仕事にも行けなくなった私は職も失った。

B子さんからもらったお守りは、
私のバッグからいつの間にかなくなっていた・・・。

#388

-怖い話