屋形船の怖い話

 

夏になると思い出す怖い話があります。

屋形船から観覧する花火大会。
みなさん一度は憧れたことがあるのではないでしょうか。
私は幸運にも、一度だけ屋形船から花火を見たことがあります。
ところが、それはとても忌まわしい記憶となって残ることになってしまいました。

当時、某メガバンクで法人融資を担当していた私は、融資先からご招待を受け、夏の花火大会を屋形船から観覧できることになりました。

屋形船に乗るのも初めてでしたから、期待に胸を膨らませて当日は船着場に向かいました。

花火大会が始まる30分前に出港し、
船内ではさっそく宴会が始まりました。

屋形船は思った以上に揺れて、
花火大会が始まる頃には、船酔いなのか酒酔いなのかわかりませんが、すっかり頭がクラクラしていました。

ドン、ドドン!

花火が打ち上がると歓声が上がり、
乗客の目は上空の花火に釘付けになりました。

私は、少し気持ち悪くなってきて、
チラッと花火を見た後は、頭を下げるようにしていました。

だからだと思います。
おかしな音に気がついたのは。

パチャパチャ

船が立てる音とは異質の水音がしました。
音がした方を振り返ると、
近くに別の屋形船が接近していました。
船べりの人影が川に手を差し込み、
パチャパチャと水遊びしていました。

でも、変なのです。
その屋形船は、照明もつけず真っ暗で、
乗っているのは、水遊びする人影一人きりでした。操縦する船頭さんの姿もありません。
もう一隻の屋形船は、スーッと私達が乗る屋形船の横を並行して進んでいきます。
みんな花火に夢中で、気がついているのは私だけのようでした。
手を伸ばせば届くほどの距離まで二隻の屋形船は接近していました。
こんなに近づいて大丈夫なのだろうか・・・。
誰かに伝えようと思いましたが、
話す元気が出ませんでした。

その時です。
ふいに、腕をつかまれました。
ひんやりと冷たい濡れた手でした。
先ほど水遊びをしていた人だと思い、
顔を上げて、言葉を失いました。
私の腕を掴んでいたのは、
着物を着た女性でした。
照明がないせいでうっすらとしか顔形が見えませんでしたが、女性は微笑みを浮かべていました。
「お乗りなさいな、お乗りなさいな」
着物の女性は、呪文のように繰り返し言って、
私の腕をぐいぐい引っ張ります。
「お乗りなさいな、お乗りなさいな」
腕を振り払おうとするのですが、
がっしりつかまれていて離れませんでした。
細腕のどこにこんな力があるのか不思議でなりませんでした。
身体を持っていかれそうでした。
「お乗りなさいな、お乗りなさいな」
女性は、抑揚のないのっぺりした声で繰り返し言いました。
私は船のヘリに足をつっかえて、抵抗しました。

ビリビリビリビリ

紙が破れるような音がして、
ふいに引っ張る力がなくなり、
反動で私は尻餅をつきました。
起き上がり見ると、
着物の女性は棒切れのようなモノに頬を擦り寄せていました。
私は目を疑いました。
棒切れは引きちぎれた私の腕でした。
私の右肩から先が、根こそぎ引き抜かれたのです。

・・・バッと目を覚ますと、
屋形船の女将さんが団扇で私を扇いでくれていました。
「よかった、お気づきですか?」
おでこに冷たいおしぼりが置かれていました。
身体は汗びっしょりでした。
私は花火が始まってしばらくすると、眠り込んでしまったのだといいます。
私が苦しそうにうなされていたので、
女将さんは心配してついていてくれたようでしたり
・・・けど、あんなに生々しく禍々しい夢を見たのは初めてでした。
女将さんが、飲み物を運んできてくれました。
一口飲んで、強い香りと喉が焼けるような刺激を感じました。
「日本酒ですか?できたら水をいただけると」
私がそう言うと、女将さんはきっぱり言いました。
「お神酒で身体を清めるんです。憑かれますよ」
冗談を言っている感じは一切ありませんでした。
お神酒を飲み終えると、塩水で手を洗わされました。
「川にはね、見たらいけないモノがいるんです。今日はまっすぐ自宅に帰らず、寄り道なさい」
女将さんは、そう告げると、給仕に戻りました。
ちょうどフィナーレの連続花火が打ち上がり、歓声とともに花火大会は幕を閉じました。

私は女将さんに言われた通り、何箇所か寄り道をして自宅に帰りました。

一体、あの屋形船で見た夢はなんだったのでしょうか。
今でも「お乗りなさいな」と言っていた着物の女性の声色をはっきり覚えています。

余談ですが、
その1ヶ月後、ランニング中に、曲がり角から自転車が飛び出してきて転倒し、右腕を骨折する事故に遭いました。
あの時見た、右腕をもがれる夢と関係あるのかは、わかりません・・・。

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