第125話「ペットの怖い話」

ある夏のこと。
その日は最高気温が34℃まで上がり、夜になっても日中の熱が残っていた。
寝苦しくて、どうにも眠ることができず、外を散歩でもして身体を疲れさせようと思った。
1人で歩くのも寂しいので、飼い犬のコーギーを一緒に連れていくことにした。
犬も眠っていたらしくて、初めはキョトンとしていたが大好きな散歩にいけるらしいとわかってから、尻尾を振り回して元気になった。

僕が住んでいるのは緑豊かな田舎町で、家の周りは一面の田んぼだ。夏の夜は蛙の大合唱状態。なまあたたかい水の臭いがする。

いつもの散歩コースを歩いた。
田んぼ道を抜け、雑木林の中の散策路をぐるっと回ると家の近くに戻れる。

懐中電灯の明かりを頼りに散策路を進んでいた時だった。
犬が急に立ち止まり、前足を踏ん張ってグルグルと威嚇し始めた。
他の家の犬ともすぐ打ち解ける人なつこい犬なので、珍しかった。
イノシシかタヌキでもいるのかと思った。
犬は、その場から一歩も動こうとせず、唸り続けた。
・・・向こうから微かな足音が聞こえてきた。人のようだ。音がだんだん近づいてくる。
唸っていた僕の犬は、キャンと一鳴きすると、急にしおらしくなって、僕の背後に隠れてしまった。
シルエットが見えてきた。向こうも犬を連れて散歩しているようだ。僕と同じ40代くらいの男性だった。このあたりでは見ない顔だった。
・・・男性が連れているペットを見て、僕は自分の目を疑った。連れていたのは犬ではなかった。
毛むくじゃらの獣の身体の上に、鋭い犬歯が生えた女の人の頭があった。長い舌を口から垂らして、ヨダレを滴らせていた。目は爛々と光り、口角は耳まで裂けていた。裂けた口が笑っているようにも見えて、言葉にできない気味悪さだった。そいつの目が、ギョロっと僕たちに向けられた。
僕よりも前に犬が逃げ出した。僕ももつれた足で犬の後を追った。

なんとか自宅まで戻ると、早く玄関を開けてくれといわんばかりに犬が前足でドアをガリガリやって待っていた。
家の中に入り鍵をかけると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
・・・アレはなんだったのか。いわゆる人面犬というヤツなのだろうか。
「二度と夜中に散歩はしないから」
僕は不機嫌そうにしている犬に謝るしかなかった。

その夏、近所でペットの失踪があいついで発生した。僕には、あの化け物が関わっているような気がしてならなかった。さいわい、うちのコーギーは僕に似て臆病なので、危険には近づかず、難を逃れることができたようだ。

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