第50話「心霊スポット」

2016/09/01

私は、タクシードライバーを27年やっているんですが、色々と怖い思いをしましたよ。
その中でも、一、二を争う恐怖体験をお話しさせていただきます。

深夜3時ぐらいだったですかね。
遠乗りのお客さんを目的地で降ろした後、会社に戻っている時のことでした。
田舎町なので深夜ともなるとほとんど走る車なんてありゃしません。
暗い杉林を私のタクシーだけが走っていました。
虫の知らせというのはあるものですね。
いやぁな予感がしたんです。
何かあったわけでもないのに、なんだか急に物悲しい気持ちになって。
息がつまるような感じがしたんです。
そういう時の悪い予感って必ず当たるんですよね。
ラジオをつけて気を紛らせようとしたんですが、どうにも落ち着かなくてね。

で、ハッと気がついたんです。
先へ進むとダムがあるんですが、そこにある橋がね、有名な心霊スポットなんですよ。
いわゆる自殺の名所ってヤツです。
地元の人間は、まず、夜に通ろうとなんてしない。
数え切れないくらいその手の噂があるんですから。
私も昔に一度だけ自殺志願者を橋まで乗せたことありましたよ。
「死ぬつもりなら、やめなさい」って何度も説得して、駅まで送って1万円札を渡して電車に乗せて帰らせました。
けど、結局、3日後にその人、ダムに浮いてるのが発見されたんですけどね。

話しが逸れましたね。
普段、あまりそのあたりを走らないので、すっかり油断していたんですよ。
こんな夜中にわざわざ、その橋を渡る人間なんていないんです。
それくらい危ない場所なんです。
同僚の誰に聞いたって嫌がると思いますよ。

でも、いまさら引き返したら大幅に時間を食っちまう。
私は仕方なく橋を通って帰る決心をしましたよ。
杉林を抜けるとダムに出ました。
真っ暗なダム湖にスーッと橋がかかっているわけです。
申し訳ていどの街灯しかなくて、薄暗い橋なんですよ。

ちょうど中ほどまで渡った時でした。
欄干らんかんの方を向いて立っている男性の姿がありました。
ゾッとしましたね。
この時間、この場所、自殺志願者かあの世のヤツかどっちかですよ。
生きてても死んでてもろくなことがない。
でも、自殺志願者だとしたら、黙って通り過ぎるのは寝覚めが悪いでしょう。
私は路肩にタクシーを停めました。
60代くらいの身なりがよい紳士で、借金で首が回らなくてというわけではなさそうでしたね。

でもね、奇妙なんですよ。その男性の動きがね。
ダムに向かってパッパッって何回も手を振りかざしてるんです。
池の鯉にえさをまくみたいな、まさに、あんな感じです。
私は、助手席の窓を開けて声をかけました。
「ちょっと、あんた・・・」老紳士はチラッと振り返っただけで、うんともすんとも言わない。
餌まきみたいな動きを止めることもしないんですよ。
「こんな時間に、なにやってるの?」私は尋ねました。
「・・・」老紳士はやっぱりなにも答えない。
私は少しイライラしてきて運転席から降りて、彼に近づいていったんですよ。

その人、どんなに近づいても何にも気にしないんですよ。
まるで私の存在なんて目に入ってないみたいでね。
あんまりおかしいからじろじろ観察しましたよ。
そしたら、どうも、老紳士はダムに紙をまいているみたいでした。
一瞬、お金かなと思いましけど、よく見ると、ミミズみたいな達筆の字が書いてあるだけの紙でした。
そう、おフダだったんです。
なんのためにそんなことしてるのかと思って、欄干からダムを覗いたんですよ。
やめとけばよかったんですけどね・・・。

怖かったですね、あの光景は。
目ですよ、いまにも飛び出しそうな目。
目がいっぱい、こっちを見てるんですよ。
悪霊っていう感じじゃないな。うーんと、そう、亡者。亡者っていうのが一番しっくりきますね。
亡者がダムの水から次々溢れ出てきて、あとから出てきた亡者が前の亡者の背中にどんどん乗っていってね、亡者の山ですよ。
蜘蛛の糸って話あるじゃないですか、芥川龍之介の。
あのイメージですよ。仏様が一本だけ垂らした切れそうな糸に亡者たちが次々と群がってる、まさにそういう光景でした。
で 、一番上の亡者は、もう私の目と鼻の先、もう少しで欄干に手が届きそうな距離ですよ。
その時、ちょうど老紳士がまいたお札がてっぺんの亡者の顔に当たりました。
そうしたら、沸騰したお湯でもかけられたみたいに煙がブシュって亡者から上がってね、ダムにまっさかさまですよ。
そう、老紳士は亡者たちが橋まであがってこないように、おフダをばらまいてたんです。

私、怖くて、腰を抜かしちゃいましてね。そしたら、老紳士がようやく口を開きました。
「・・・たまにね、こうしてやらないと、戻ってきてしまうんですよ」
私は、あれ以来、一回もあの橋を渡ってませんね・・・。

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