第74話「カメラマン」

これは、ある有名なカメラマンさんのお話です。

仮にAさんとしておきます。Aさんは、フリーのカメラマンとして、主にファッション誌に載せる人物写真や風景写真を撮っていました。業界外でもAさんの腕は有名で、著名人や大手企業からも、指名されるほどでした。まさに脂がのった状態で、精力的に働いていました。

ところが、Aさんは、ある日から、急に現場に現れなくなったんです。
突然、何の連絡もなしに。
予定されていた撮影は代理のカメラマンに頼んで問題なく終わりましたが、その後も、Aさんとはまったく何の連絡も取れない状態が続きました。
Aさんは結婚もしていなかったので、Aさんの携帯電話以外に連絡手段もありませんでした。

懇意にしていたファッション誌の編集者・Bさんは、心配していました。
関係者に何の連絡もせず無責任な対応をするなんてAさんらしくなかったからです。
Aさんは、カメラの腕はもちろんのこと、営業能力や人柄でも絶大な信頼がありました。

Aさんの身に何かあったのではないか・・・。そう考えたBさんは、Aさんの自宅マンションへ行ってみることにしました。玄関のチャイムを押すと、しばらくして、Aさんが顔を出しました。倒れていたりしなくてよかった。とりあえず一安心して、Bさんは半ば無理やりAさんの部屋に上がりました。何としてでも事情を聞き出そうと思っていたのです。

1ヶ月ぶりくらいに会うAさんは別人のようでした。ふくよかな体型は、ガリガリに痩せて頰のあたりはげっそりとしていました。あんなにオシャレにうるさかった人が、今は、髪はボサボサで無精髭まで生やしていました。
「Aさん。いったい何があったんですか?」Bさんはたずねました。
「・・・もう無理なんだ。もう撮れないんだ」
Aさんは、頭を抱えて繰り返し言います。
それを聞いたBさんは、スランプなのだろうかと思いました。
フリーランスでやっている人には自分の腕や将来に不安を覚えて、心を病んでしまう人が多いのです。
ところがAさんは「そんなもんじゃない!」と怒り出してしまいました。
そして、「見てみろ」と写真の束をBさんに見せました。どれもとてもよく撮れた写真でした。街の風景やAさんの自宅など撮影場所は様々でしたが、全ての写真に同じ女性が写っていました。30前くらいの清楚な女性でした。
「これ・・・彼女さんですか?」
「違う!俺は、誰も撮っちゃいないんだ!」
「え・・・?」
「何を撮っても、その女が、写りこむんだ!」
そう言って、Aさんは髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回しました。
Aさんが言うとおりなら、写真は全て心霊写真ということになります。
改めて見てみると、写真の中の女性はどれもカメラを睨むように写っていました。
Bさんは、背筋に冷たい汗が流れるのを感じました。
「カメラの故障じゃないですか?」Bさんは、無理に笑顔を作っていいました。
「そう思って、カメラを交換したさ。けど、ダメなんだ。彼女は、俺にとり憑いているんだ」
「・・・彼女、何者なんですか?」
「俺が知りたいよ!」
何の写真を撮っても心霊写真になってしまう。だから、Aさんは仕事を放棄するしかなかったのです。カメラ一筋で生きてきたAさんにとって、それがどれほどの苦しみかBさんには痛いほどわかりました。
「お祓いしてもらいましょうよ。俺が探しますから」
Bさんは、帰り際、Aさんの助けになりたいと思い言いました。
すると、Aさんは、フフと笑みをもらしました。
「もういいんだよ。彼女が何を望んでいるかわかってるから・・・」

Bさんは、社に戻ると、知り合いのツテをたどって有名な霊媒師の人とアポを取りました。
そして、改めて後日、Aさんのマンションに行きました。
けれど、いくらチャイムを鳴らしてもAさんは出てきませんでした。
試しにドアノブを回すと鍵はかかっておらず開きました。
まさか・・・。Bさんは嫌な予感がして部屋に上がり込みました。ですが、Aさんの姿はどこにもありませんでした。
ただ、作業机の上に、先日なかった写真が増えているのにBさんは気づきました。
セルフタイマーを使ってAさんが自分自身を撮った写真でした。Aさんの横には、例の女性が写り込んでいました。まるで寄り添い合う夫婦のように・・・。
それきり、Aさんは本当に行方不明になってしまいました。
ただ、写真だけを残して・・・。

Aさんが残していった最後の写真はBさんが勤める出版社の壁に額に入れて飾られています。
Bさんは処分した方がいいと猛反対したのですが、編集長が、いずれプレミアがついて値が出るかもかもしれないと言って飾ることになってしまったのです。

その写真について、最近、奇妙な噂がBさんの会社で出回っているそうです。
見る日によって、二人の表情が変わるというのです・・・。

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