【怪談】梅雨の雨宿り

 

梅雨のにわか雨。
じとじとと身体にまとわりつく感じが不快だった。
天気予報は晴れだったから傘は持ってきていない。
取引先の銀行に振り込みにいった帰り道。
鞄で雨露を凌いで走って会社に戻ったけど、雨は次第に勢いを増した。

通りかかった公園に、屋根がある東屋風の休憩スペースが見えた。
私は急いで駆け込んだ。
東屋の屋根から滝のように雨が流れている。
3時過ぎだというのに、黒い雨雲のせいで、日が暮れたように暗かった。
タクシーでも呼びたいけど、うちの会社はケチだから理由を聞かれる。
梅雨なのだからどうして常に傘を持ち歩かないんだ、上司の小言が想像できた。
早く結婚でもして、辞めたいな。
梅雨の季節だからか暗い考えばかりが頭をよぎる。
雨の勢いは弱まる気配がなかった。

ジャリ

砂を踏むような足音がすぐ近くでした。
いつのまにか東屋の中に女性がいた。
私と同じように急な雨に降られて、この東屋に避難したのだろう。
服や髪から雫がポタポタと滴っていた。
後ろ姿は、私と同じ20代後半くらいに見える。
偏見かもしれないが夜の仕事を思わせる派手な格好をしていた。
雨に囲まれた東屋に2人きり。
次第に、何か話しかけないといけないのでは、という変な強迫観念にかられた。

「雨、まいっちゃいますね」

私は女性に話しかけてみた。
けど待ってみても返事はなかった。
雨の音で聞こえなかったのか。
いや、話しかけるなということかもしれない。
どちらにせよ息が詰まった。
早く雨が小降りになるのを心から祈った。

その時だった。
私はあることに気づいて、その女性に強烈な違和感を覚えた。
女性は傘を持っていたのだ。
なぜ持っている傘をささずに濡れるにまかせて、この場所で雨宿りしているのか。
どんな事情があるにせよ、関わらない方がいい気がした。

できるだけ女性から距離をあけた。

「・・こ・・か・・・から・・」

蚊の鳴くような声が聞こえた。
女性が何か言っていた。

「・・これ、は、・・彼の、傘だか、ら、・・私はさ、せない、の」

濡れて寒いからだろうか。
女性は歯をガタガタ鳴らしながらしゃべった。
彼氏の傘だから使わないという意味だろうか。
でも、自分の傘だから使うなという男の人がいるだろうか。
普通に傘をさして待てばいいのではないか。
いや、まともに考えても意味なんてない。
この女性は何かおかしい。
私はこれ以上、この女性と同じ空間にいるのに耐えられなくて、東屋を出ようとした。

ガシッ

すれ違いざま腕をつかまれた。
すごい力だ。
心臓が跳ね上がるほど驚いた。
振り返った。
前髪がべったりと貼りついた青白い顔に、紫に変色した唇。
女性は目を見開き怒りの表情を浮かべていた。
顔色が悪いのは寒いからなのか、それとも・・・。

「私の、傘、盗む、気なの」

いつのまにか私の手に、さっきまで女性が手にしていたはずの傘が握られていた。
よく見ると、その傘には赤茶けた錆がそこら中に浮いていて、まるで血しぶきを浴びたかのようだった。
私は悲鳴をあげて、傘を投げ出した。

必死に腕を振り払い、濡れるのも構わず走った。
一度も振り返らなかった。
振り返ってしまったら、追ってきた女性と目があうのではないかと怖かったのだ。

・・・会社に戻るまでのことは、よく覚えていない。
普段小言ばかりの上司に心配されたので、よほど、ひどい状態だったのだろう。

あの女性はなんだったのか、
それは今もわからない。
梅雨の時期は、亡くなってこの世をさまよっている人も雨宿りするものなのかもしれない。
そんなことを考えた。

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