【怪談】草津温泉の怖い話

 

群馬県の山奥にある草津温泉は、
日本三名泉の一つに数えられていて、
名物の湯畑を中心に数多くの宿泊施設やお土産物屋が並び、
連日大勢の観光客で賑わっている。

これは、私が、そんな草津温泉で体験した怖い話だ。

数年前、
父の還暦祝いで、
私と姉と両親の4人で草津温泉旅行に行った。

私達が泊まる予定の旅館は湯畑から少し歩いたところにあった。
外観は歴史を感じさせる日本家屋で、部屋は広々とした和室。
姉妹で高い宿泊料を出しあった甲斐があったね、と姉と喜んでいた。

夕食を食べ終えると、お酒が飲めない姉と母は先に大浴場の温泉に入りにいった。
私と父は、テレビを見ながら、お酒を楽しんでいた。
数十分後、姉と母は大浴場から戻ってくるやいなや、不思議な話を語り出した。

二人が大浴場に行くと、他の利用客もおらず貸切状態だったという。
客室数がそれほど多くない旅館ではあるけど、それでも貸切は運がよかった。
温泉は少し緑がかっていて、微かに硫黄臭がした。
姉が温泉に浸かる前に頭を洗っていると、背後を誰かが通る気配がした。
母かと思い、小さく振り返ると、誰もいない。
たしかに気配がしたのに変だなと思ったけど、
そのまま頭を洗い終えると、内湯につかった。
お湯は熱く、少しピリピリする感じがした。
姉は母の姿を探した。
湯煙に人型のシルエットが見えた。
母かと思い、湯煙をかき分けるように進んだ。
ところが、一向に母と会えない。
そうこうしているうちに湯船の端に着いてしまった。
カラカラカラ、露天風呂に続くガラス扉から母が現れたのは、ほぼ同時だった。
姉が母に、今の不思議な体験について話すと、母もまったく同じ体験をしていた。
姉の気配に振り返ると、誰もいない。
姉の後ろ姿を追って露天風呂に行くと、姉はいなかった。
そもそも、それほど広くもない大浴場で、お互いを見失うだろうか。
狐か狸に化かされたのかもしれないね、と姉と母は首を傾げていた。

そんな話を聞いた後で、
1人で大浴場にいくのには少し抵抗があったけど、
有名な温泉地にきたのに温泉にはいらないのは嫌だった。
怖いなと思う気持ちをぐっとこらえて私は大浴場に向かった。

誰か他のお客さんがいてくれたらよかったけど、
私が行ったタイミングも貸切状態だった。

洗い場で、頭を洗っていると、背後に人の気配がした。
ペタペタと歩く音がするので、誰かいるのは間違いない。
ところが、目の周りのシャンプーを落として、
振り返ると、誰もいなかった。
・・・姉達が言ってたのはこれか。
身体は温まっているはずなのに、ゾクッと背中に寒気が走った。

早く出よう。
そう思って、急いで身体を洗い、内湯に浸かった。
聞こえるのは、掛け流しの温泉が流れるチョロチョロという音と、
蛇口から水が垂れるポタポタという音だけ。
じょじょに不安になってきた。
誰か来てくれないかな、そう思った。

その時だった。
ザバッ!と音がした。
まるで誰かが湯船から出たような音だった。
けど、湯船には私以外、誰もいない。
音の出所を確認すると、そのあたりだけ、
お湯が波打っていた。

寒気が増した。
この大浴場、やはり何か変だ。
私は急いで内湯から上がった。
露天風呂は諦めて、部屋に戻ろうと思った。

脱衣所に行こうとしてハッと足を止めた。
大浴場と脱衣所は磨りガラスの扉で隔てられていたのだけど、
その磨りガラス越しに、人影が見えたのだ。
磨りガラスの扉の前に立っているのに、
人影はなぜか大浴場に入ってこようとしない。
じっと立っているだけだ。
何かおかしい・・・。
早く大浴場から上がりたいのに、気味が悪くて出られなくなってしまった。

1分ほど待っても、一向に人影は大浴場に入ってこようとしない。
たまらなく怖かったけど、
我慢できなくなって、私は足を進めて、磨りガラスのドアを開けた。

・・・脱衣所には誰も立っていなかった。
人影は煙のように消えてしまった。
・・・もう嫌だ。
身体を満足に拭くこともせず、
急いで、浴衣を身につけた。
すぐにでも部屋に帰ろうと思った。

最後に、浴場内をチラと振り返った。
叫び声を上げそうになった。
内湯の湯船に、さっきまでは確実にいなかった、
いるはずのない女性が浸かっていた。

女性はこちらに背中を向けている。
私は震える手でスマホを取り出した。
幽霊がこんなにはっきりと見えるものだとは思わなかった。
すぐに逃げるよりも証拠を撮ろうと、その時なぜか思ったのだ。
震える指でカメラを起動した。
その瞬間、女性がグルリと振り返った。
白目だけの眼で私を睨みつけ、
威嚇するように歯を剥いた。

私は、転ぶように大浴場を逃げ出した。

部屋に戻る途中、父とばったり会ったので、
大浴場で何もおかしなことはなかったか尋ねてみた。
「特に変なことはなかったぞ。
話しかけてもまったく返事をしないじいさんならいたけどな」
と父は笑って言った。
・・・それって、と思ったけど、それ以上深掘りはしなかった。

やはり、この旅館の大浴場には何かがいるのだろう。
なぜ浴場に取り憑いているのかはわからない。
・・・幽霊も薬湯をするものなのだろうか。

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