歌舞伎座の怖い話 #259

 

これは銀座の歌舞伎座に家族で歌舞伎を観賞しにいった時に体験した怖い話です。

私が高校2年生の時、父の仕事の関係で歌舞伎のチケットをいただき、父と母、大学生の兄と私の4人で観劇にいくことになりました。

歌舞伎座には1階席から3階席まであり、私達は3階席でした。
3階席は斜め上から見下ろすような感じだったので、舞台までは少し距離があります。

そこで、父が売店で売っていた8倍率のオペラグラスを買ってきました。

公演が始まりました。
3階席から見ると、役者さんの細かい表情まではやはりわかりませんでしたので、家族でオペラグラスを回しながら観賞しました。

歌舞伎をはじめて見ましたが、台詞は聞き取れなくても、役者さんの迫力ある演技に三味線や鼓の音楽があわさって、私はどんどん引き込まれていきました。

そして見せ場である見得の場面となりました。
歌舞伎独特のにらみを利かせるような目の演技です。
父がちょうどオペラグラスを渡してくれたので、私は花道に立つ役者さんに向けました。

オペラグラスを通して見ると、役者さんの見得の演技の目の動きまではっきりわかりました。

役者さんが花道に消えていき、オペラグラスを目から外そうとした時、おかしなことに気がつきました。
1階席に座る和服の女性が、真顔でじっとこちらを見ているのです。
私達の近くの席に知り合いでも座っているのかなと思い、それ以上は気にせず、再び舞台にオペラグラスを向けました。

しばらくして、隣に座る兄にオペラグラスを渡そうと思いました。
最後に、さきほど3階席を見ていた1階席の女性のことが少し気になってオペラグラスを向けてみました。
・・・私は目を疑いました。
女性は、まだ、こちらを見ていたのです。
真顔でカッと目を見開き、じっと3階席を見上げています。
オペラグラスを通して見ると、黒目まではっきり見え、目が合っているような感覚でした。
舞台で歌舞伎のお芝居が進んでいるにも関わらず、じっと1階席から3階席を見ているなんて、どういうつもりなのだろうと、なんだか気味が悪くなりました。

もしかして、自分がオペラグラスでのぞかれていると思い込んでいるのかなと思い、オペラグラスを兄に渡して、舞台に集中しようと思いました。

第一幕が終わり、幕間の休憩になった時、兄に、1階席から3階席を振り返って見ている和服の女性を見なかったかと尋ねましたけど、兄は首を傾げるだけでした。
あの席の人だと兄に伝えようと思ったのですが、休憩中にその女性が座に戻ることはありませんでした。

第二幕が始まりました。
テレビでも見たことがある有名な役者さんが次々と出てきて、一幕以上に舞台は熱を帯びてきました。

そして、二幕の中盤に差し掛かった時でした。
突然、ゾワッと身体を寒気が走りました。
2階席の左右には浅敷と呼ばれるゆったりと座れる一等席があるのですが、その方向からなんだか嫌なものを感じました。
・・・思わず悲鳴を上げそうになりました。
一幕で見かけた和服の女性が、桟敷の一席から、こちらを見上げていました。
他の観客はみんな舞台に注目している中、あきらかに不自然でした。
視線をずらすことなくじっとこちらを見つめています。
私は怖くなって左に座る兄に声をかけました。
けど、振り返ると、女性は消えていて、空席になっていました。
たった一瞬で・・・。
兄は、私が歌舞伎にあきているのだと勘違いしたらしく、煩わしそうに首を振りました。

いったいあの女性は何なのか。
まるでわかりませんでした。
疲れていて幻でも見たのだ、そう自分に言い聞かせようと思いましたが釈然としない気持ちが残りました。

歌舞伎に集中しようと思いましたが、それもなかなかうまくいきませんでした。

その時、再び寒気に襲われました。
さっきよりも強く、今度は真後ろから。
私は後ろを振り返りました。
オペラグラス越しに見た、カッと見開いた目がすぐ目の前にありました。
ついさっきまで2階席にいた人が、3階席の私の真後ろに現れたのです。
和服の女性は、目を線のように細めてニヤリと笑ったかと思うと、私の髪をおもいきりつかみました。
痛みと驚きで声を上げました。
恐る恐る目を開けると、女性は消えていました。
家族や周りの観客の視線が私に注がれているのを感じました。
髪の毛に手をやると、髪留めがなくなっていました。

終演後、家族に事情を説明しましたが、笑うだけで誰一人信じてはくれませんでした。

歌舞伎座の建物を出て日比谷線の東銀座駅に向かって歩いていると、ふいに、さきほどと同じような寒気を感じました。
また、さっきの女性がいるのかと思い慌てて周りを見渡すと、地下に降りるエスカレーターの近くにお社が見えました。
歌舞伎稲荷大明神と書かれていました。
お稲荷さんのようです。

私は、ハッとしました。
賽銭箱の近くに、さきほどむしりとられた私の髪留めが置かれていたのです。
・・・あの女性は、お稲荷さんのイタズラだったのでしょうか。

後で調べてわかったことですが、今の新歌舞伎座の建物は2013年に新しく建て替えられたそうです。
その際、もともと舞台横にあったお稲荷さんは、多くの人の目に触れるということで今の位置に移されたのだといいます。
ところが、新しくなった歌舞伎座の後ろには高層の歌舞伎座タワーというビルが建てられました。
その高層ビルが邪魔をして、神様がお社に降りてこられずお怒りになっているのではと言う人もいるそうです。
新しい歌舞伎座になってから、大名跡の大物俳優が次々と亡くなっていて、"歌舞伎座の呪い"なのではという噂もあるのだといいます。

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