分譲マンションの怪談

 

これは私の知人のTさんが見舞われた恐ろしい出来事です。

Tさん一家は、この夏、念願だった都内の新築分譲マンションを購入しました。
これから長いローンの返済が待ってはいるものの、Tさんと旦那さんの心は浮き足立ちました。
ついに自分達のお城が手に入ったのです。

新築の香りがする部屋は、
とても快適で、
東京湾と都心のビル群が作る夜景は溜息が出るほどでした。

ところが、しばらく暮らしているうちに、Tさんは奇妙な体験をするようになりました。
朝、旦那さんと小学生の娘さんを送り出した後、ゴミ出しに行って部屋に戻ろうとエレベーターを待っていた時のことです。
最新のマンションですので、エレベーターには防犯カメラがついていて、1階にはカメラの映像が映し出されたモニターが備えつけられていました。
モニターを見れば、誰かが乗っているのかどうか一目でわかるようになっていました。
Tさんはエレベーターの到着を待つ間に、何気なくモニターに目をやりました。
Tさんの娘さんと同い年くらいの女の子がエレベーターに乗っていました。
そして、エレベーターが1階に到着。
扉が開いて、Tさんはハッとしました。
誰もエレベーターに乗っていなかったのです。
さっきまでモニターには確かに女の子が映っていたはずなのに、忽然と消えてしまいました。
でも、その時は、目を離した時に2階とかで降りたのだろうとTさんは自分に言い聞かせました。
あえて恐ろしい想像を働かせる必要はないと思ったのです。

ところが、それからまたしばらく経った時のことでした。
新しい暮らしにもだいぶなれ、Tさんには同じマンションに住むママ友が何人かできました。
そのママ友の1人がある日、こう言いました。
「このマンション、ちょっと変じゃない?」
Tさんは、ローンを組んでまで買ったマンションを否定されたような気がして、内心穏やかではありませんが、なんとなく言いたいこともわかりました。
ママ友が続けました。
「この前、朝方ゴミ出しに行ったら、集積場の中から子供が遊んでいるような笑い声がしたのよ。びっくりしてドアを開けたら、誰もいなかったの・・・確かに中から声がしたのに」
「私もへんな体験した・・・」
呼び水となって別のママ友も声を上げました。
「夜中に共用の廊下から揉めているような声がしたの。いつまでも止まないから、文句の一つでも言ってやろうと思って玄関を開けたら、誰もいなくて、ピタッと声が止んだの。けど、玄関の戸を閉めると、また声が聞こえはじめて。主人が怒って、勢いよく出て行ったら、また誰もいなくて、ピタッと声が止むの。しばらく共用廊下にいたら、声がし始めたの。非常階段の方から。主人と私で、見に行ったんだけど、非常階段の下の方から声がしていたのよ。揉めているみたいだったけど、なんだか『こっちに来い』と誘われているみたいで、私も主人も気味が悪くなっちゃって家に戻ったんだけど、、、」

「実は、私も・・・」
Tさんは、家族にも話していなかったエレベーターでの出来事を話しました。
話し終えると心が軽くなった気がしました。
ずっと、心のどこかで引っかかっていたのだろうとTさんは思いました。

ママ友全員が何かしら奇妙な体験をしていました。
ここは心霊マンションなのでは?
そんな声も上がりましたけど、みんな一生に一度の買い物でこのマンションに引っ越している手前、やすやすとワケありだと認めたくない気持ちもありました。
結局、何の実りもないまま、その日は解散となりました。

その2週間後のことでした。
Tさんは夕ご飯の材料を買って、マンションに帰ってきました。
マンションエントランスに入ると、誰の姿もなく、シンと静まり返っていました。
いつもは子供達の笑い声が聞こえたり配送業者の人がいたりするので、こんなに静かなのは、珍しいことでした。
エレベーターのボタンを押すと、すぐに一機のドアが開きました。
Tさんの自宅は19階にあります。
到着までしばらく時間がありました。

その時です。
アハハ・・アハハハハ・・・
女の子が笑う声が聞こえました。
すぐ近くからです。
けど、エレベーターにはTさん1人だけしか乗ってません。
全身に鳥肌が立つのがわかりました。
早く着いて!
Tさんは祈るように階数パネルを目で追いました。

11・・・12・・・13・・・

チンと音が鳴ってエレベーターが14階で停止しました。
ところが、ドアが開いても誰もエレベーターを待っている人がいませんでした。
Tさんは、閉のボタンを叩くように何度も押しました。

19階に着いた時には汗びっしょりになっていました。
やっぱりこのマンションは変だ・・・。
Tさんは、駆け足で自宅に向かいました。
自宅のドアが見えてきました。
Tさんは急いで鍵を鞄から取り出し、鍵穴にさし込もうとしました。

すると、すぐ真後ろから、声がしました。

アハハ・・・アハハハ・・

ついてきてしまった。
怖くて後ろを振り返れませんでした。
Tさんの脳裏によぎったのは、
今背後にいるものを家の中に入れたらいけないということだけでした。
Tさんは、自宅を通り過ぎ、非常階段に向かいました。
階段を一階分だけ降りてやり過ごそうと思ったのです。
ところが、その時、Tさんが思いも寄らないことが起きました。
一階下の非常階段のドアは開きませんでした。
非常階段はセキュリティ上、内側からしか開かないことをTさんは知らなかったのです。
Tさんは仕方なく階段をさらに下っていきました。

アハハ・・・アハハハ・・・

頭上から少女の笑い声が追ってきました。
Tさんは、飛び降りるように階段を駆け下りました。
何階分階段を降りたかわからなくなった頃、
Tさんは下の方から何人かが話しているような声が聞こえるのに気がつきました。
ママ友の一人が言っていた怖い話を思い出しました。
『非常階段の下の方から揉めてるような声が聞こえてね。まるで誘われているみたいで不気味で・・・』
Tさんは、一瞬躊躇しましたが、
上からは少女の声が追ってきています。
覚悟を決めて、下に向かいました。

そして、地上階が見えてきました。
下の方から聞こえていた声は、いつのまにか止んでました。
ようやくこの非常階段から抜け出せる。
そう思って、最後の力を振り絞ってドアに向かいました。
そして、Tさんがドアノブに手をかけた瞬間でした。
何人もの手が急に現れて、Tさんの手を上から押さえつけました。
驚いて反射的にTさんは振り返ってしまいました。

「・・・私が見たのは、真っ黒い影の集団でした。目も鼻も口もない影です。そこから先はよく覚えていないんです」

「引っ越そうと思っています」別れ際、Tさんはそう私に言いました。
去っていくTさんの後ろ姿が、異様なほど黒ずんで見えたのは、私の気のせいだったのでしょうか。
その後、Tさんとは連絡が取れていません。

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