多摩川の怖い話
これは昔、多摩川で体験した怖い話です。
多摩川は山梨・東京・神奈川を流れ東京湾に流れ込む一級河川ですが、場所によっては河川敷の雑木林がジャングルのように生い茂っているところがあります。
多摩川沿いのT市に住んでいた僕達にとって、そこは格好の遊び場でした。
小学生の時は、自転車で多摩川まで行って、よく河川敷を探検していました。
拾った木の枝を頼りに道なき道を進み、
奥まで入ると、日の光がほとんど届かないような深い林ができています。
気分は、宝探しをする探検隊です。
多摩川ジャングルの奥に幻の秘宝があるという設定で、日が暮れるまで宝探しをする、そんな遊びを飽きることなくやっていました。
そんなある日のこと。
いつも探検遊びをしている場所とは違う雑木林にアタックしてみようという話になり、友達2人とその雑木林に入っていきました。
下草を掻き分け、奥に入っていきます。
頭上にはこんもりとした木々の葉が生い茂り、わずかな隙間から日の光が差し込むだけで、夏だというのに冷んやりとしてきました。
僕は、いつもの探検では感じない緊張を感じていました。
何に由来するのかはわかりませんが、後から思えば本能的な危機感みたいなセンサーだったのかもしれません。
僕たちは、お宝といえるような面白いモノがないか石の裏や木のうろを探しながら、さらに奥に入っていきました。
先頭を歩いていた友達が足を止めたせいで、僕は彼の背中にぶつかりました。
開けた草地が目の前にありました。
草地の真ん中には、ブルーシートとダンボールで作られた粗末な家がありました。
それがホームレスの方の家だというのは薄々わかっていましたが、宝探しの気持ちでいた3人ともついに宝の隠し場所を見つけたと興奮を隠し切れませんでした。
手分けしてその家の周囲を探りました。
僕は外周をグルッと回ったのですが、ボロボロのフライパンや、電気もないのに小型冷蔵庫などがあったのを覚えています。
「なんかあった?」
僕が声をかけると、「なにもー」と家の中から返事がありました。
小型冷蔵庫を開けてみようとした瞬間、ふいにとても不快な臭いが鼻を刺激しました。
どこかで嗅いだことがあるのですが、思い出せません。
甘ったるくて生臭い、そんなニオイです。
その時でした。
パキッ
枝を踏み折るような音が聞こえました。
「シッ!誰かくる」
僕たちは慌てて合流して、草地と雑木林の境目の藪に身を隠しました。
息を潜めていると、パキッ・・・パキッ・・・とさっきより大きく、枝を踏む音がしました。
ガサガサと草を掻き分ける音に続いて、"それ"は姿を現しました。
他の2人が息を飲む気配がわかりました。
叫び声を上げずにすんだのは、一重に、声を出すことを恐怖が勝ったからです。
それは、おそらく女性でした。
おそらくというのは、およそ人間離れした容姿をしていたからです。
骨と皮のように痩せ細った体躯に黒くてまっすぐな髪。
極度に釣り上がった目、口からのぞく牙のような犬歯。
まるで般若の面に命を宿らせたような顔でした。
服は、襤褸襤褸の布切れを一枚まとっているだけで、はだけた胸元からは浮き出た鎖骨がはっきり見えました。
それは、のそのそと家の裏に周り、姿が見えなくなりました。
友達の方に目をやると、滂沱の汗を流し、震えていました。
アレに見つかったらいけない、本能がそう警告を発していました。
ガチャ
小型冷蔵庫の扉を開けたような音がして、辺りに血生臭い嫌なニオイが広がりました。
ズチャ・・・ガリガリ・・グチャ・・ポリポリ・・ヌチャ・・
何かを咀嚼している音がします。
なにを食べているのか見えない分、余計に恐ろしくなりました。
この場から早く逃げ出してしまいたかったのですが、
気を緩めたら、おしっこをちびってしまいそうでした。
その時です。
パキッ
友達の1人が足元の枝を踏んでしまいました。
ボロ家の奥から、口元を血に染めた女がこちらをのぞいるのが見えました。
その瞳は赤く怪しく光っていました。
「うわー!!」
友達の1人が叫び声をあげて走って逃げ出しました。
続いてもう1人の友達も。
僕は出遅れて2人の後を追う形になりました。
雑木林を闇雲に走りました。
自分の荒い息遣いが頭蓋の中で響くのが聞こえました。
心臓が口から飛び出そうでした。
振り返りはしませんでした。
けど、後ろから気配がついてきているのはわかりました。
間違いなく、女は追ってきていました。
捕まったらおそらく命はないと感じました。
鬼・・・あれは、きっと鬼なんだ・・・
走って走って走りました
そして・・・雑木林を抜けた時、限界が訪れ、河原に倒れこみました。
他の2人も近くで倒れてました。
雑木林を振り返ると、もう女は追ってきていませんでした。
川のせせらぎの音が耳元で聞こえました。
息が落ち着くと、僕は風景に違和感を覚えました。
グルリと辺りを見回すと、
そこは、僕たちの知っているT市の河川敷ではなかったのです。
後でわかったことですが、そこは奥多摩の多摩川上流でした。
近くの交番まで歩いていき僕たちは警察に保護されました。
僕たちは雑木林の中で、数十キロをワープしたことになります。
一体、あの場所はなんだったのか、そしてあの女は何者なのか、それは今でもわかりません。
ただ、多摩川の雑木林には何かが潜んでいるのかもしれないという感覚は今も消えていないのです。
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