【怖い話】土下座する人

ある日の仕事帰り、Bさんは通勤路で奇妙な人を目撃した。
遠くから見た時は、酔っ払いがぐでんぐでんになって座り込んでいるのかと思ったが、近づいてみると、そうではなかった。
60歳くらいの女性がアスファルトの地面に手と頭をつけて土下座をしていたのだ。
時刻は深夜の1時を回っていた。
Bさんはギョッとして思わず足を止めた。
心配するよりも深夜に見るには異様な光景に気味の悪さがまさってしまった。
女性は誰かに対して土下座していたわけではなかった。
土下座する女性の身体はビルとビルの間の隙間の暗闇に向けられていた。
まるで暗闇に潜む何者かに頭を垂れて謝意を見せているかのようだった。
・・・やはり酔っ払いなのだろうか。

Bさんは恐る恐るの足取りで女性の背後を通り抜けていった。
何度か振り返ってみたが、女性は微動だにせず、じっと土下座し続けていた。

翌朝の土曜日、Bさんは散歩がてら昨日の土下座現場を見に行ってみた。
さすがに女性の姿はもうなかった。
女性が土下座していたビルとビルの間の隙間に目を向けてみると、昼にも関わらず、薄暗くジメッとした細道が奥まで続いていた。
エアコンの室外機や配管などがあるだけの道なのだか、その細道だけ空気が違って、まるで外界から隔絶された場所のように見えた。
普段は意識していなかったが、都会の片隅にこんな異空間があったとは驚いた。
Bさんは好奇心にかられ、細道に足を踏み入れてみようとしてみた。
と、突然、背後に気配を感じた。
振り返ると、昨日の土下座していた女性が立っていた。
Bさんは心臓が喉から飛び出るほど驚いた。
「やめておきなさい。帰ってこられなくなるよ」
女性はBさんにそれだけ告げると去っていた。
Bさんは、女性の助言に従い、細道に入らず家に引き返した。

その細道が何なのかはいまだにわからない。
おそらく軽はずみな気持ちで立ち入ってはいけない禁忌の場所なのだろう。
Bさんは、土下座していた女性と、その後、一回も会っていないという。

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