別子銅山の怖い話

 

愛媛県新居浜市の山麓部に、1973年に閉山した別子銅山の関連遺産が観光地となって残っています。
中でも東平地区と呼ばれる地域は、天空に浮かぶ鉱山遺跡群が「東洋のマチュピチュ」とも呼ばれ、観光の目玉になっています。

これは、僕が別子銅山東平地区で体験した怖い話です。

その日、僕は高校の同級生だった3人と一緒にドライブで遊びに来ていました。
気楽なドライブだったので明確な目的もなく思い立ったところに寄って遊んでいたのですが、
同級生の一人がスマホで調べて、別子銅山が近くにあることがわかりました。
「東洋のマチュピチュ」と呼ばれる産業遺跡で絶景が見えるというので立ち寄ってみることにしました。

別子銅山の東平地区までの道は、車一台しか通れない細い山道で、対向車と出くわすと離合ポイントですれ違わなければなりませんでした。
5キロほど山道を進むと、集落のような木造建屋が見えてきて、その奥に駐車場がありました。
時間が午後5時を過ぎていたのもあって、車は数台しかとまっておらず空いていました。

車を降りると、
夕日に映える山々の稜線と瀬戸内海の雄大な眺望が広がっていました。
インクラインと呼ばれるトロッコのレール跡地が200段以上の階段となっていて、それを下ると、レンガ造りの銅山遺跡群が見えてきました。
自然に侵食され風化した遺跡の風景は、思わず息を呑む美しさでした。

みんなで写真を撮っていると、
気づけば日が沈み辺りは暗くなっていました。
「そろそろ帰ろう」
誰ともなく言い駐車場に戻りました。

駐車場にはもう僕たちの車しか残っていませんでした。
車に向かって歩いていると、Eがハッと立ち止まりました。
「どうした?」
僕は聞きました。
「いや、なんでもない・・・」
Eは目を伏せて再び歩き出しました。

車に乗り込み、ドライバーのFがエンジンをかけようとすると、なぜかかかりませんでした。
何度やってもダメでした。
僕も試しにやってみましたが、車はうんともすんともいいませんでした。
故障だろうと思い、スマホで対策を調べようと思ったら、山奥だからか電波がありませんでした。
こんな山奥で車が故障して立ち往生するなんて運が悪いとしかいいようがありません。

「どうする?」
山を降りて人を呼びに行こうかという案も出ましたが、誰も、明かりもない暗い山道を下りていきたくありませんでした。
幸い誰も次の日予定がなかったので朝まで車で待って、みんなで山を降りようということに一旦落ち着きました。

ところが、しばらくしてEがボソッとつぶやきました。
「本当に故障なのかな」
「どういうこと?」
助手席に座っているGが言いました。
「さっき言わなかったけどさ、車に乗る前、見た気がするんだ・・・」
「見たってなにを?」
後部座席でEの隣に座る僕は聞きました。
「人。たぶん男の人だったと思うけど、この車に乗ってた・・・」
「え・・・」
車内に気まずい沈黙がおりました。
「気のせいだろ」Fが笑っていいました。
「そうだといいけど」
「なんで今、そんなこと言うんだよ」
Gが少し苛立って言いました。
車の外は駐車場の街灯こそあれ、暗く鬱蒼とした山林に囲まれていました。
こんなところで怖い話を聞いて嬉しいことはありませんでした。
「なんか音楽でもかけないか」
話題を変えようと僕は言いました。

それからしばらく洋楽が流れる車内で各々スマホをいじったりして時間をつぶしました。
でも、時刻はまだ21時を回ったばかり。
時間が過ぎるのがとても遅く感じました。

「トイレに行きたくなってきた」
Gがふと言いました。
トイレは、車から50mほど離れたところにありました。
「誰かいきたくないか?」
Gが困ったように言いました。
一人で行きたくないのだと思い、僕は手を上げました。
「一緒にいくよ」
僕とGは車を降りました。
外の空気はひんやりとしていて、虫の音が聞こえました。
トイレまで歩く道すがら、Gは僕に言いました。
「なぁ、お前も幽霊とか心霊現象だと思うか?」
「いや、わからないけど、Eが嘘をつくとは思えないし、なんか嫌な感じはする」
「だよな。こんなところ来なければよかったな」
「日が上れば解決するよ」
トイレは薄暗く、駐車場との間にコンクリートの衝立があって死角となるため、とても1人では来られない怖さでした。
2人とも用を足す間、怖さをまぎらわすため、ずっとしゃべり続けていました。
用を足し終え車に戻っていると、Gがビクッと立ち止まりました。
「なんだよ、あれ」
Gの身体は震えていました。
Gの視線の先は、車に向かっていました。
ギョッとしました。
EとFの2人しかいないはずの車内に4人の人影が乗っているのが見えたのです。
「うわぁぁ」
Gはパニックを起こして、駐車場の出口の方に走っていきました。
Gを追うか車に戻るか迷いましたが、ひとまず僕は車に向かって駆けました。
車のドアを開けると、EとFが一斉にこちらを見ました。
人影は消えていました。
さきほど車内に見えた人影について説明すると、EとFは飛び出すように車を降りました。
3人になった僕たちはGを追いかけました。
バラバラになったらいけない。
その一心でした。
駐車場の出口は登り坂に続いていて、それを抜けると、木造の建屋がいくつか闇の中に浮かび上がりました。
Gの名前を叫びながら探しましたが、木々が風に吹かれ不吉な音を立てるだけで、一向に返事はありませんでした。
まさか1人で真っ暗な山道を下りていったのかと不安が頭をもたげました。
ふと、Gを呼ぶ声が一つ減りました。
振り返ると、いつのまにかEの姿がありませんでした。
「Eは?」
Fに聞くと、首を振るばかりでした。
何か不穏なモノが僕たちをばらけさせようとしているような気がして、寒気が走りました。
風がさっきより一層激しくなったような気がしました。
僕とFは走って車に戻ることにしました。
車に辿り着いて振り返ると一緒に走っていたはずのFの姿がありません。
わけがわからず混乱する頭でFの名前を叫びましたが、やはり返事はありませんでした。
3人とも唐突に消えてしまいました。
怖くて仕方なくて僕は逃げ込むように運転席に乗り込み、ドアにロックをかけました。
エンジンがかからないかスイッチを押してみましたが、やはりダメでした。

ドンドン!

急に運転席のドアを叩く音がして、飛び上がりそうなほど驚きました。
窓から外を見ましたがドアを叩いている人の姿は見えません。

ドンドン!

ドアを叩く音が続きました。
「・・あけてくれ」
くぐもった声がしました。
E、F、Gの誰かの声のような気もしましたが確信が持てませんでした。
「・・・あけてくれ」
ドンドン!
どうして姿を見せないのかわけがわかりませんでした。
ドアを開けたら'何か'に襲われるのではないか、そんな気がして怖くて仕方ありませんでした。
けど、E、F、Gの誰かが這いつくばって助けを求めているのかもしれない、そんな気もしました。

ドンドンドン!
「・・・あけてくれ」

どうすればいいのかわかりませんでした。
耳を塞ぎたくなりましたが、最後は友達を見捨てることができない気持ちが勝り、僕はドアを開けて確認することにしました。
小さく隙間を開けて覗きこむように確認しました。
けど、外には誰の姿もありませんでした。
慌ててドアを閉めました。
恐怖で叫び声がでそうになりました。
冷や汗が吹き出て、寒くて仕方ありませんでした。
夢なら覚めて欲しい。
そう思って目を閉じました。
けど、いくら待っても覚めてくれませんでした。
諦めて目を開き、全身が凍りました。
車の周りを大勢の人影が取り囲んで僕を見つめていたのです。
「うわぁぁぁ」
ついに我慢しきれず叫び声をあげました。
次の瞬間、'何か'に肩をつかまれました。
助手席と後部座席にもいつの間にか人影が入り込んでいて、真っ黒な影にギョロっとした目玉だけがついた何かが僕の肩をつかんで覗き込んでいました。

・・・気がつくと朝になっていました。
なぜか僕は後部座席に座っていました。
周りを見ると、E、F、Gがそれぞれ乗っていた場所で眠っていました。
E、F、Gもちょうど目を覚ましたようでした。
話を聞くと、E、F、Gもそれぞれ僕が体験したような恐怖体験をして、気がつけば朝になっていたといいます。

Fが車のエンジンをかけてみると、昨日の不調が嘘のように一発でエンジンがかかりました。
僕たちは別子銅山を逃げるように後にしました。

いったい何だったのか、全員が同じような悪夢を見ていただけなのか、それは今でもわかりません。
ただ、何かいわくがある場所なのは間違いがないと僕たちは思っています・・・。

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