上野のホテルの怖い話

 

これは先日、友人の結婚式に参加するため、上野のホテルで前泊した時に体験した怖い話だ。

僕が宿泊するホテルは、JRの上野駅から歩いて数分のところにあった。
繁華街の外れにある小さなビジネスホテルで、安い分、建物や内観はだいぶ年季が入っていた。
最近はあまり見かけなくなったシリンダー錠のルームキーをもらい、上昇スピードが遅いくせに駆動音はやたらうるさいエレベーターに乗って7階へ。

部屋は思っていたより整っていてキレイだった。
けど、いくら清掃しても消えないカビ臭さというか、澱のように溜まって部屋にはりついている臭気があるように感じた。
けど、安いのだから仕方ないと納得することにした。
来年には僕も結婚を考えていて今は余計な出費をしたくなかった。

荷物を置いて、シングルベッドに横になると、ガタンバタンと音がした。
隣の部屋の音らしい。ずいぶん壁も薄そうだ。
僕は地元の家で留守番している彼女に、到着の電話をかけた。
「ついたよ」
「ホテルどうだった?」
「値段相応な感じ」
しばらくとりとめのない会話をしていると、ふいに彼女が黙った。
「どうした?」
「・・・誰か部屋にいる?」
「?・・・いるわけないだろ」
「ふーん」
「なんで?」
「女の人の声がした気がした」
「怖いこというなよ。ここ壁が薄いから周りの音じゃないか」
「とかいって、昔の知り合いでも連れ込んでるんじゃないでしょうね」
「そんなモテたら苦労しないよ」
他愛ない会話にだいぶ癒されたところで、「おやすみ」を言って、電話を切った。
彼女との電話を終え、部屋に静寂が戻ってくると、ふいに寂しさがこみ上げてきた。
押しつぶされそうな孤独感。
この世界でたった1人きりのような気分だった。
なんで急にそんな気持ちになったのだろう?
自分でも説明のしようがない。
今まで感じたことがない気持ちだった。

その夜は妙に寝苦しかった。
枕が変わると寝れなくなるタイプの人間でもないのに、身体がモゾモゾして違和感があった。
スマホでSNSでも見ようと思って、ふと気がついた。
音声メモアプリが起動している。
仕事で重要な打ち合わせがあった時に録音用として使っているアプリだ。
操作が簡単な反面、ボタンが当たって勝手に録音されてたりすることがある。
録音ファイルをタップすると、さきほどの彼女との電話が録音されていた。
なんとなく録音を聞いていたら、ふいに彼女でも僕でもない人の囁き声のようなものが聞こえた気がした。
『誰か部屋にいる?』
彼女が言っていたのはこれか・・・。
僕は音量を上げて、再度、音声を確認してみた。
どうしてそうしようと思ったのかはわからない。
ほぼマックスまで音を上げると声が聞き取れた。
女性の声のようだ。
その内容に、僕は耳を疑った。

「一緒に死の。一緒に死の。一緒に死の・・・」
ひたすら、そのフレーズをずっと繰り返している。
背筋に寒気が走った。
慌てて録音ファイルを削除しようとした。
削除の間際に一際大きな声で「一緒に死のう!」と声がした。
いや、最後の声は録音アプリからではない。
・・・部屋の中からした。間違いなく。

僕は真夜中にも関わらず、スーツケースを手にホテルを後にした。

その後は特に変わったことはなかった。
地元に戻ってから、こういう話に詳しい友人に話してみたら、結婚式という陽の気に満ちた華やかな場所に行ったから霊が去ったのだろうということだった。
もしお葬式などに行っていたら、霊を持ち帰っていたかもしれないそうだ。

もう安くて古いホテルは利用しないようにしようと心に誓った。

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