【怖い話】花屋怪談

Mさんは、小さい頃から花屋を営むのが夢で、35歳の時に勤めていた会社を辞めて、念願だった小さな花屋をオープンさせた。
お店は、最寄り駅から歩いて15分くらいある閑静な住宅地にあり、立地条件に恵まれているわけでは決してなかったが、オープン初日の客足は期待を上回るものだった。
売り上げが読めなかったのでしばらくMさん1人で切り盛りしていくつもりだったが、このままの客足であればアルバイトを雇ってもよさそうだった。

ところが、開店して数日して、予想だにしない事態が起きた。

商品の花が次から次へと枯れていったのだ・・・。

栄養剤を入れた水につけているので、そんなに早く枯れるわけがなかった。
商品の花が枯れていってしまっては、お店がたちゆかない。
すぐに新しい花を発注したものの枯れた理由がわからず不可解だった。

ところが、発注し直した花もほとんどが2、3日のうちにあっという間に枯れてしまった。
Mさんはテナントに入りきらない在庫の花を自宅マンションに置いていたのたが、そちらはまったく枯れず活き活きとしていたので、栄養剤の問題ではなさそうだ。
であれば、栄養剤ではなく水質が理由なのかと思って、業者に頼んで水質をチェックしてもらったけど、どこにも問題は見つからなかった。

3度目の正直で再び発注し直しても、またも花はすぐに枯れ出した。
どこに問題があるのかわからず、Mさんは頭を捻るしかなかった。
このテナント自体に何か問題があるのだろうか。

困ったMさんは、ビルのオーナーに相談してみた。
すると、こんなことを言われた。
「あぁ、あなたの前に入っていた花屋さんも『花が枯れる』って同じようなこと言ってましたよ、そういえば」
Mさんのお店の前にも花屋が入っていたのは初耳だった。
「前に入っていたお店の方から何か理由を聞いていませんか?」
「さぁ、その人もわからなくて困ってたみたいだよ」
「よろしければその方の連絡先教えていただけませんか。本当に困っていて」
すると、途端にオーナーの歯切れが悪くなった。
「・・・んー、無理だなぁ、亡くなったんですよ、その人。それも、おかしな死に方だったらしくてね」
「えっ?」
なぜ死んだのかの理由について、ビルのオーナーは口が重かったが、食い下がると、変死だったと話してくれた。
「結局、自殺ってことになったんだけど、直接の死因は栄養失調による臓器不全だったらしくて、それだけでも奇妙なのに現場の有様がまたおかしかったらしくて。警察の人が言うには、口から花が咲いてたっていうんですよ。まるで、活けられてたみたいに・・・心を病んでたのかもしれないね」
ビルのオーナーは最後にそんな不可解なことを教えてくれた。

結局、このテナントに前に入っていた花屋の主人が同じ現象に悩まされて自殺した、ということはわかったが、問題の解決に直接繋がるような情報は得られなかった。
同じ花屋で同じ現象に悩まされていた人が、最後に自ら命を経ったというのは、なんとも不吉な話だ。
それでも、ようやくオープンした自分の店を簡単に諦めるわけにはいかなかった。

お店を閉めたあと、花が枯れる原因について考えながら、枯れた花を捨てていると、Mさんはある発見をした。
枯れずに元気な植物が1つだけあったのだ。
アイビーだった。
常緑の観葉植物で、ツルが伸びる特性を活かして壁面緑化にも利用されることがある。
もともと根をしっかりはる生命力ある植物だけど、
アイビーだけ枯れずに残っている理由がわかれば何か見えるかもしれない。
Mさんは残ったアイビーを自宅に持ち帰って、詳しく調べてみることにした。

翌日は休業日だったので、寝ずに植物図鑑と向き合い、ああでもないこうでもないと頭を捻らせたが、光明は見えなかった。
一体、何が原因なのか。
このまま花が枯れる原因がわからずじまいだとお店をつぶすしかない。
それだけは嫌だった。
発注した花のそれぞれの特徴を調べ、何か法則が見えないかとも考えたが、それもダメだった。
心が折れかけたその時、Mさんはある事実に気がつき、発注書に再度目を通した。
そんな馬鹿な。ありえない・・・。
なんでこんなことが。
・・・Mさんが恐れていた通りだった。
Mさんはワナワナと震えた。
いったいどうして・・・。
慌てて、自宅で保管していた花をチェックしてみると、一晩で花が枯れ始めていた。
Mさんはスマホで電話をかけた。
眠そうな声でビルのオーナーが応対した。
「どうかしましたか?」
「教えていただきたいんです。前の店の方が亡くなった時、口に花が活けられてたみたいだっておっしゃってたと思いますが、何の花だったか覚えていますか?」
「えぇ?なんでまたそんなことが知りたいんですか?」
怪訝そうなオーナーの声が電話の向こうから聞こえた。
「警察の人がなにか言ってた気がするけど、もう何年も前だからなぁ」
「・・・もしかして、アイビーじゃなかったですか?」
「アイビー?あぁ、そんな名前だったかも。あぁ、思い出した。あのビルの裏の壁にね、生えてるヤツだったですよ」
Mさんはスマホを手に放心した。
繋がった。
もとから自生していたのだ。
Mさんが発注書を見返して気づいた事実。
それはアイビーをMさんが発注などしていなかったことだった。
なぜ発注していないアイビーがお店の商品として並んでいたのか。
なぜアイビー以外の花が枯れていくのか。
なぜ前の店の主人はアイビーを口に入れて栄養失調で亡くなっていたのか。
起きた事象の点と点を繋ぐと、ある仮説がMさんの脳裏に浮かんだ。
けど、そんな非科学的なことがあるだろうか。
それでは、まるで・・・オカルトだ。

その時、Mさんは誰かの視線を感じたような気がして振り向いた。
視界に飛び込んできたのはアイビーの花だった。
アイビーの花々は、まるで人が首を捻ったかのように、すべて等しくMさんの方を向いていた。
・・・昨夜まで花など一つも咲いていなかったのに。
アイビーは花を咲かせる種類が限られている上に、花を滅多にお目にかかれない。
それが、あんなにもたくさんの花を一晩で咲かせるなんて。
アイビー以外の他の花や植物はすべて萎れて枯れてしまっている。
Mさんは自分が目の当たりにしている光景に目を疑った。
アイビーのツルが他の花や植物を入れた花瓶に伸びていて、ゴクゴクと生き物が喉を鳴らすように蠕動していた。

悲鳴をあげたMさんの口をめがけ、アイビーのツルが針のように伸びて襲いかかった。
走馬灯とともに最後にMさんの頭によぎったのはアイビーの花言葉・・・「不滅」だった。

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