第59話「言葉が通じない」

高校生の時、奇妙な出来事を体験した。
アレはなんだったのか未だによくわからない。
誰か同じ症状になった人がいたら教えて欲しい。

それは、なんでもない平日の朝に始まった。
朝起きてダイニングに降りていき、用意されていたスクランブルエッグとパンを食べていていたら母親がキッチンから顔を出して何か言った。
聞き取れなかったので、「え?」と言ったら母親がまた何か言った。
今度ははっきりと聞こえた。ところが、まるで何を言っているのか聞き取れなかった。
日本語じゃないのだ。聞いたこともない言葉だった。エイリアンが母星の言葉でしゃべっているみたいだった。
「なに言ってんの?」俺はイラついて聞き返した。すると、母親もいくらしゃべっても聞き取れない俺に苛立ったのか顔をしかめて不機嫌そうになった。
でも、相変わらず、なにを言っているのかはわからない。
スンパ、ヨリリモノってなんだよ・・・。
よく考えたら、ウチの母親はそんな悪ふざけをするようなタイプじゃない。
俺の耳がおかしくなったのだろうか。
結局、最後まで母親がなにを言っているのかわからないまま、俺は逃げるように部屋に戻って学校へ行く支度を始めた。

学校にいくと、おかしいのはウチの母親だけじゃないことがわかった。クラスメイトがなにをしゃべっているのかさっぱりわからない。どう考えても日本語じゃない。シャリヨリ、ケラスンパとか意味がわからない言葉にしか聞こえない。どうも俺の耳は病気らしい。
俺は、先生に体調が悪いと言って早退することにした。先生は「こいつなに言ってんだ」みたいな怪訝そうな顔をしていたから、果たして俺の言葉が通じていたのかはわからないが。

その足で、耳鼻科の病院に行ったものの、病院の先生の言っている言葉がわからない。症状を説明する俺の言葉も病院の先生には伝わっていないように見えた。

どうする術もなく、俺は自宅に帰った。
いったいどうなってしまったんだ。まるで世界がひっくり返ってしまったみたいな不安を感じた。俺の耳がおかしくなっただけならいい。でも、もし、世界の方がおかしくなったのだとしたら・・・。たまらなく怖くなった。隠れるように布団を頭から被った。

いつの間にか眠ってしまっていたらしい。気づいたら外は真っ暗だった。
俺は恐る恐る一階に降りて行った。
母親がキッチンで夕飯を作っていた。
「・・・ただいま」俺は、勇気を振り絞って声をかけてみた。
「今日、早かったね」
母親の言葉がちゃんと聞き取れた。
直った・・・。
俺は安堵からへなへなとその場に座り込んでしまった。
「どうしたの?体調悪いの?」
涙目の俺を母親は不思議そうに見ていた。

いったい、あの現象はなんだったのか・・・。いまでもよくわからない。

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