盛岡のホテルの怖い話

これは、M山さんが、出張で訪れた岩手県盛岡市のビジネスホテルで体験した怖い話。

M山さんは、夕方に仕事の打ち合わせを終えると、楽しみにしていた名物の盛岡冷麺を夕飯に食べて、駅近くのホテルにチェックインした。

フロントでカードキーをうけとり、7階の部屋に向かう。
ドアを開けると、M山さんは、すぐに部屋の空気に異変を感じ取った。
ニオイというか、雰囲気というか、言葉では説明しづらいが、さっきまで誰かが部屋にいたであろう気配がした。
そればかりか、少し空気が澱んでいるようにM山さんには思えた。
部屋の清掃には時間が遅いし、どういうことだろうと怪訝に思った。

なんとなく気持ちが落ち着かず、キャリーケースを開ける気にならない。
M山さんは、10分ほど、じっとベッドに腰掛けていた。
空気だけでなく、M山さんにはもう一つ、部屋の中で気になる場所があった。
テレビの下の棚だ。
ありふれた両開きの黒い棚なのだが、部屋に入った時から、少しだけ片方の戸が開いていたのだ。
中には何も入っておらず、真っ暗なスペースがあるだけだ。
清掃の人が閉め忘れただけかもしれない。
入ってすぐに閉めたのだが、その棚が妙に気になって仕方がない。
中に蠢く何かが出てくるのではないか。
そんな想像をしてしまう。
M山さんには霊感などないし、今まで何度も出張で地方のホテルに泊まることがあっても一度もこんなことはなかった。
部屋に入った時の嫌な感覚を引きずってしまっているのかもしれない。

M山さんはフロントに電話を入れ、事情を話すと、部屋を交換してもらえることになった。
恐縮しきりの担当者にM山さんも申し訳ない気持ちになった。

新たに10階の部屋に案内され部屋に入ってみると、さっき感じたような嫌な空気もなく、今度は大丈夫そうだった。

キャリーケースの荷物を開け、人心地つくと、シャワーを浴びて一日の汗を流した。
さっぱりとしてユニットバスから出てきて、M山さんはハッとした。

また、空気が澱んでいた。
ボディーソープの爽やかなニオイでも誤魔化せないほどに嫌な空気だった。

見ると、テレビの下の黒い棚の戸が片方だけ半開きになっている。
さっきまでは確実に閉まっていた。
最初の部屋での出来事があったから注意していたのでよく覚えていた。
棚の戸は、M山さんがシャワーを浴びている間に、ひとりでに開いたということだ。
そんなバカな、、、。
恐ろしいという気持ちと裏腹に、M山さんは、勢いよく棚を開いて中を確認した。
やはり、何もはいっていない黒い空間があるだけだ。

・・・いったい何だというのか。
せっかく汗を流したのに、背中にじっとりと嫌な汗が流れるのを感じた。

M山さんは、棚を閉めると、ベッドに腰掛けてしばらく棚を見つめていた。
油断した瞬間に、棚の中に潜む何かが這い出てくるのではないか、そんな気がして目を離すのが恐ろしかったのだ。

しかし、疲れた身体で張り詰めた状態を維持するのは難しく、M山さんはいつの間にか眠ってしまい、気がつくと朝だった。
棚は、、、開いていなかった。

昨日のアレはなんだったのか。
モヤモヤした気持ちは残りながらも、チェックアウトをすませ、M山さんは東北新幹線で帰路についた。

家についたのは15時頃のこと。
ひとまずキャリーケースを置き、疲れた足を伸ばそうと思って、M山さんはハッとした。

・・・部屋の空気が澱んでいる。
盛岡のホテルで感じたあの気配がした。
見ると、M山さんの部屋の棚の戸が少しだけ開いていた。

M山さんは、ホテルから何かを連れてきてしまったのかもしれない、、、

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