覚えていますか?

「覚えていますか?」

駅のホームで突然、女性に話しかけられ、K村さんは思わず言葉につまった。

「覚えていますか?」

女性は同じ言葉を繰り返した。
K村さんは、記憶から思い出そうと、マジマジと女性を見た。

年齢はK村さんと同じ30歳くらいに見える。
長いストレートの黒髪で、切れ長の涼しげな目。
どちらかというと一度見たら記憶に残るようなキレイな顔立ちのヒトだった。

しかし、まるで思い当たらない。
会社での付き合いや学生時代に遡って記憶を検索してみても該当するヒトがいない。

得意先で関わりがあるヒトを忘れてしまっていたらどうしようと、K村さんは不安に襲われた。

誤魔化して話を合わせようかとも一瞬考えたけど、K村さんは結局、正直に応じることにした。

「すみません、どちら様でしょうか?」

すると、女性はヒソヒソ話を打ち明けるかのように、K村さんの耳元に口を近づけて言った。

「××川に流しちゃダメですよ?」

それを聞いた瞬間、K村さんは背筋に寒気を覚えた。
忘れていた過去を一気に思い出し、目の前の女性の口から語られたことへの恐怖が荒波のように押し寄せてきた。

20年前、K村さんは、××川の河原で1人、石を投げて遊んでいた。
力試しで大きな石を投げた後、フギャンという奇妙な声を聞き、駆けつけてみると、血を流した子犬が倒れていた。
当たりどころが悪かったのか、子供の目に見ても子犬は死んでいるのが明らかだった。
事故とはいえ、なんてことをしてしまったんだ、、、
K村さんは、申し訳なさでいっぱいになったが、それ以上に頭の中を占めたのは、この状況をどうしようかということだった。
周りを見回すと、誰かに見られた様子はなかった。
××川は、それほど大きな川ではない。
地元の人以外は、ほとんど寄りつかない。
周囲を何度も確かめ、K村さんは口の中で「ごめんなさい」と何度も何度も謝りながら、子犬の遺体を川に流し、慌ててその場から逃げた。
しばらくは、警察や近所の人から糾弾されるのではないかという恐怖と、罪のない命を奪ってしまった罪悪感に苛まれていたが、時間が経つにつれ、記憶から忘れさられていった。

しかし、今、あれから20年経って、見知らぬ女性がK村さんの罪を告発してきた。
地元から何百キロも離れた場所の駅のホームで。

この女性はいったい、、、

見ると、女性は艶やかな微笑みを浮かべている。
K村さんが、何も言葉を返せずにいると、揺れるようにその場を去っていき、人混みの中に溶け込んでいった。

K村さんは、今でも、あの日の出来事の答えを得られていないという。

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