【怖い話】使われていないエレベーター

Oさんが働く会社は、20階建てのオフィスビルに入っている。
そのオフィスビルには、6機のエレベーターがあって、コンピューター制御で渋滞が起きないようになっていた。
Oさんは、もう20年ほど、そのビルに通っているが、最近あることに気がついた。
6機あるエレベーターのうちの1機だけ一度も乗った覚えがなかったのだ。
20年もいて一度も乗らない確率がどれくらいなのかはわからないが、感覚的には違和感を覚えた。
同僚に聞いてみると、言われてみれば、そのエレベーターには乗った記憶がないとみな口を揃えていう。
実は稼働してないのかと思って、顔馴染みの警備員さんにそれとなく尋ねてみると、問題なく動いていると教えられた。
しかし、その警備員さんも、そのエレベーターにだけは乗ったことがないなぁとボソッともらした。
誰も使ったことがないエレベーター。
そのことに気づいてしまってから、Oさんは、そのエレベーターが気になってしょうがなくなった。
朝どんなに人が待っていても、他のエレベーターが入れ替わり立ち替わり到着するだけで、問題のエレベーターは降りてこない。
試しに昼の休憩の間に観察してみたけど、1時間近く待っても、ついぞ問題のエレベーターは一度も一階に降りてこなかった。
こんなことがあるのだろうか。
やはり動いていないのか。
気にはなったが、仕事を疎かにしてエレベーター調査にかまけているわけにもいかないので、何もしないまま時間は過ぎていった。
そんなある日、Oさんはトラブル処理があったせいで、日付が変わるくらいまで残業をした。
同僚はほとんど帰っていて廊下の照明は落ちていた。
エレベーターホールに向かうと、ちょうど一機、エレベーターが来ていた。
駆け込んで乗り込もうとしてハッと足を止めた。
それは問題のエレベーターだったのだ。
20年ではじめて扉が開いている姿を目撃した。
興奮して周りを見回したが、誰かに伝えたくても、みな帰ってしまっている。
明日みんなには教えよう。
そう思って、喜び勇んでエレベーターに乗ろうとして、Oさんは急に胸騒ぎを覚えた。
このまま乗り込んで大丈夫なのだろうか、、、。
20年一度も乗ることがなかったのに、なぜ今日、こんなひと気がない夜に問題のエレベーターが来たのか。
これは単なる偶然なのか。
もし、このエレベーターが普通じゃなかったら、、、
Oさんは、漠然とした恐怖に襲われた。
中は、他のエレベーターと同じ造りでおかしなところはない。
できたら1人では乗りたくない。
けど、今日を逃したら二度と乗れないかもしれない。
逡巡してから、Oさんは、思い切ってエレベーターに乗り込んだ。
一階のボタンを押すと、スーッと扉が閉まった。
一瞬フワッと浮くような感覚があって降下がはじまった。
一階まではものの10数秒だ。
心の中で時間を数える。
手に湿った感覚があった。
いつの間にか汗をかいていた。
言葉に言い表しようがない緊張感があった。
あまりに気を張り詰めていたせいか、チン!という到着音が鳴った時、Oさんは、ブルッと身体が震えてしまった。
結局、何も起きなかった、、、杞憂か。
Oさんは、怖がりな自分を自嘲しながら家路についた。
それから、問題のエレベーターが、再びOさんの前で扉を開くことはなかった。
変わらぬ日常が淡々と過ぎ、季節が巡る。
ただ、この頃、Oさんは奇妙な感覚を覚えるようになった。
Oさんの周りの人達の態度が以前と少し違う気がしたのだ。
注意しなければわからない、ほんの些細な変化。
けど、会社の同僚にしろ、家族にしろ、会話の節々や言動に変化を感じる。
それは、あのエレベーターに乗ってからな気がする。
まるで、あの日を境に別の世界に来てしまったかのように、、、。
考え過ぎだとは思う。
けれど、その考えは、今でも、Oさんの頭から完全に消えてはなくならないのだという。

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