【怖い話】体育倉庫

これは、私が小学校5年生の時に体験した怖い話だ。

私が通っていたのは公立の小学校で、校庭の隅に『体育倉庫』と呼ばれる小さな建物があった。
その名のとおり、体育やクラブで使われる備品が置いてある倉庫で、ライン引きや各競技のボール、運動会で使われる綱引きの綱やボール入れのカゴなどが保管されていた。

私は当時、ドッジボール部に所属していたので、備品の出し入れでよく体育倉庫を利用していた。
体育倉庫はあまり生徒達が近寄らない校庭の隅にポツンと建っていて、入口は錆びたスチール製の横開きの扉。中は窓が一切なく電気をつけないと真っ暗だった。
真夏でも倉庫の中に一歩足を踏み入れるとひんやりとして、外で遊び回る生徒の声が遠くかすんで聞こえる。
子供ながらに外の世界と隔絶された一種の異界のような雰囲気を感じていた気がする。
設備が古いからなのか、電気のスイッチを入れても点灯するまでに数秒のタイムラグがあり、電球がついてもなお暗いと感じる程度の明かりしかない。

体育倉庫は、"その手"の噂が生まれる条件を十分満たしていた。
ボールがひとりでに跳ねるのを目撃したという怪談話が代々伝わっていたり、かつて倉庫で首を吊った女生徒が夜な夜な泣いているという学校の七不思議もあった。
噂をまにうけるわけではなかったけど、近寄りたくない場所に違いなかった。
だから、体育倉庫に備品を出し入れしに行く時は必ず誰かと一緒にいくというのがクラブ活動する生徒たちの暗黙のルールになっていた気がする。

ところが、秋が終わろうという頃、そのルールを私は破ってしまった。

その日、片付け担当になっていた私は、クラブが終わると、もう1人の同級生と一緒にボールを拾い集めてカゴに入れて体育倉庫に向かっていった。
空は鮮やかな茜色に染まっていた。
体育倉庫の入口に差しかかったとき同級生がふいに足を止めた。学習塾の予定があるのをうっかり忘れていたのを思いだしたのだという。
「片付けておくから先帰っていいよ」
そう伝えると、同級生は申し訳なさそうに走って帰っていった。
1人になってから暗黙のルールを思い出した。
今日一日だけ。ボールを置いて出てくるだけじゃないか。
ほんの十数秒で終わる作業だとわかっていたが一人で体育倉庫に入るのは妙に緊張した。
心臓がドクドクと音を立てているのがはっきりと聞こえた。
スチール製の扉に手をかけて横に引く。
キイィときしんだ音を立てて扉が開くと、埃っぽい空気が倉庫の中からフワッと出てきた。
暗い室内に埃をかぶった備品が所狭しと置いてあるのがうっすら見える。
私はドッジボールが入ったカゴを倉庫に押し入れた。キャスターがボロボロなせいでカゴを押すとキュルキュルと嫌な音がした。
倉庫の右奥にぽっかりと空いたスペースがある。
そこが、ドッジボールカゴの定位置になっている。
所定の位置にカゴを戻し、引き返そうとした時、後ろで大きな音がして、目の前が真っ暗になった。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
誰かが入口の扉を閉めたのだと気づき、私は手探りで入口に戻ろうとした。
手探りで壁をたどっていくとステンレスの冷たい感触があった。
扉を引くが開かない。
思い切り力を入れてみてもビクともしなかった。
鍵がかけられていた。
倉庫の施錠は先生の仕事だが、こんな早かったことはない。
しかも、中に生徒がいるかの確認もせずに鍵をかけたりするだろうか。
「開けて!開けて!」
私は声の限りに叫びながら、ドアを叩いた。
しかし、誰も駆けつけてくれる気配はない。
もしこのまま誰も気づかなかったら、倉庫で夜を明かさないといけない。
血の気が引いて、身体が寒くなってきた。

カサカサ・・・。

微かに音が聞こえた気がして、私はハッと振り返った。
何も見えない。
恐怖で耳が過敏になっている可能性もあるが、もし本当に何かがいたら・・・。
慌てて壁の電気のスイッチを探って押し込んだ。
数秒の間があって、蛍光灯がブーンと音を立てて、瞬き出した。
まばたきをするようにチカチカと部屋が明るくなったり暗くなったりを繰り返す。
明るくなった一瞬、倉庫の中に人影が立っているように見えた。
しかし、再び暗くなって、次に明るくなった時には、人影はなくなっていた。
やがて、明滅が終わり、倉庫が明るくなった。
見間違いだったのだろうか、、、。
とにかく早く倉庫を出たい。
力の限りスチールの扉を叩いた。
「開けて開けて!」

フフフ・・・。

・・・聞き間違いだろうか。
閉ざされた扉の向こう側から女の子の声が聞こえた気がした。
声だけじゃない。扉一枚隔てた外に誰かが立っている気配があった。
・・・故意に閉じ込められたのか?
私の頭の中を色々な可能性がよぎった。
嫌がらせなのだろうか。でも一体誰が?
身に覚えはないが、こんなひどい扱いを受けるようなことを誰かにしてしまったのだろうか。それとも単純なイジメなのか。
この際、目的などどうでもいい。とにかくここから出たい。
「開けて、開けて!」
喉の痛みも気にせず叫んだ。
涙が溢れてきた。
なんでこんな目に遭わなければいけないのか。

フフフ・・・。

また扉の向こうから女の子の笑い声が聞こえた。
声に聞き覚えはなかった。
「誰なの?」
その問いに返事はなく、ただ意地の悪い笑い声が再び聞こえただけだった。

フフフ・・・
フフフ・・・
フフフ・・・。

声は少しずつ移動を始めた。
奇妙なことに、ちょっとずつ近づいているような気がする。
最初は外の校庭から聞こえていたのに、だんだん壁の中から声がするかのように聞こえ、ついには倉庫内の右手から聞こえるようになった。
壁を超えて声が中に入ってきたかのようだった。

フフフ・・・。
フフフ・・・。
フフフ・・・。

笑い声は私を中心にして円の外周を回るように動き、ついには真後ろから聞こえた。

フフフ・・・。

私は、恐怖でガタガタ歯を震わせながら、首だけで後ろを振り返った。
見たらいけないと思いながら、身体が言うことをきいてくれなかった。

何かが私に向かって転がってくるのが見えた。
ドッジボール・・・。
ボールは私の足に当たって止まった。
私は屈んでドッジボールを拾い上げた。
しかし、それはドッジボールなどではなかった。
どうしてボールだなんて思ったのだろう。
黒い髪の毛。柔らかく青白い肌の感触。
女の子の首だった。
それまで閉じていたまぶたがカッと見開かれ、はっきりと目が合った・・・覚えているのはそこまでだ。

気がつくと保健室のベッドで寝ていた。
貧血だろうと言われた。
私を発見した先生いわく、倉庫に鍵はかかっておらずドアは開いていたらしい。
ただ、私の指に大量の髪の毛が絡まっていたそうだ。

私は小学校卒業まで二度と体育倉庫に近寄ることはなかった。

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