【怖い話】豊洲のタワーマンション

Tさんが豊洲に引っ越してきたのは2016年のこと。
いまや豊洲市場で有名な場所だが、もともとは関東大震災の瓦礫処理でできた埋め立て地であり、80年代までは主に工業地であった。90年代に入ると区画整理によって住宅地として整備され、今ではいくつものタワーマンションが建っている。

Tさんが引っ越したのは、新築まもないタワーマンションで、セキリュティの高さが魅力だった。
玄関のオートロックはもちろんのこと、エレベーターもロックがかかっていて、住人が鍵でロックを解除しないと指定階のボタンが押せない仕様になっていた。

引っ越してからというもの、業者の突然の来訪やセールスがすっかりなくなり、Tさんはとても満足していた。
ところが、だ。
ある夜、寝ていると、インターフォンがいきなり鳴ってTさんは飛び起きた。
時計を見ると深夜の3時。
誰がこんな非常識な時間に訪ねてきたのかと腹立たしい気持ちで、ベッドから抜けて、モニターを確認しにいった。
ところが、玄関モニターには誰も映っていなかった。
そういえば、音が違った、、、とTさんは思った。
玄関ロビーで部屋番号を押した時は、軽快なメロディで教えてくれる。
さっきのピンポンという音は、部屋のチャイムを鳴らした時の音だ、、、。
ということは、同じフロアの住人だろうか。
同じフロアの人でなければ、ロビーから呼び出さずに、いきなり部屋の前に来ることはできない。
なにかあったのかな、、、。
そこまで考えて、Tさんは、玄関のドアスコープを覗きにいった。
広角のレンズに、来訪者の姿は映っていなかった。
恐る恐る内鍵をあけ、ドアをほんの少しだけ開いて表をみた。
・・・誰もいない。
まさかこんな夜中にイタズラ?
このマンションにはこどもも多い。
まったく、明日も仕事だっていうのに、、、
Tさんは、イライラしながらベッドに戻った。

それから数日後。
またも寝ていた深夜に玄関のチャイムが鳴った。
スコープを確認にいくと、誰もいない。
それからも何回も深夜にチャイムが鳴らされ、さすがにTさんも気味悪く思い始めたが、マンションに知り合いもいないし、隣近所の付き合いもないので、誰にも相談できず悶々とするしかなかった。

そんなある日。
その日も夜中にチャイムの音がした。
Tさんは、耳栓をして、布団を被り無視を決め込んだ。
しかし、その日はいつもと違った。
チャイムに続いてドアを激しく叩く音。
しかも、止まる気配がない。
なんなのいったい、、、
Tさんは恐る恐るスコープを覗きにいった。
すると、廊下に立つ女性の姿が見えた。
腕を組み、怒りに歪んだ表情をしている。
幽霊ではなさそうだ、、、
TさんはU字ロックはしたまま、ドアを開けた。
ドアがあくなり、女性は詰め寄るように唾を吐き散らしながらまくしたてた。
「ちょっと、あんたなんなのいったい!」
女性が初対面にもかかわらず怒ってくるわけがわからなかった。
しかも、こんな非常識な深夜に、全く知らない相手だというのに。
「・・・どちら様ですか?」
Tさんは、恐る恐るたずねた。
「は?隣の者ですけど?あんたでしょ?毎日毎日、夜中にチャイム鳴らしにきて。どういうつもり?」
Tさんは、ハッとした。
自分だけかと思っていたけど、隣の部屋でも同じことが起きていたのだ。
「それ、私じゃありません。私も困ってるんです」
仲間を見つけた気がして嬉しくなったが、その期待はすぐに破られた。
「嘘つかないで。はっきり、玄関の覗き窓から、チャイムを押してるあんたの顔が見えたんだから」
「そんなはずありません。私じゃないんです」
Tさんは、必死に訴えたが隣人は聞く耳を持ってくれなかった。
押し問答のすえ、「私じゃありません!」と言い放ち、Tさんは半ば無理やりドアをしめた。
その後も何度かチャイムが鳴らされたが、やがて音はやんだ。
隣人はあきらめて帰ってくれたらしい。
もう押しかけられることはなかったけど、隣人と顔を合わせないか不安でしばらくストレスがひどかった。

数日後、郵便ボックスに一枚の紙が入っていた。
マンションの管理組合のアンケート結果を知らせる紙だった。
そういえばそんなアンケートが以前に配られていたなと思いながら、サッと目を通す。
Tさんの目は、『住環境への不満点』という項目に吸い寄せられた。
『夜中にチャイムを鳴らすイタズラをやめさせて欲しい』
同じクレームが1件や2件ではなく、5件以上寄せられていた。
やはり、何かあるのだ。
Tさんは、ようやく管理会社に連絡を入れた。
自分も深夜のチャイムに困っていると告げると、「6階ですか?」と確認された。
「そうですけど。6階でばかり起きてるんですか?」
「あ、いえいえ。そういうわけではないのですが・・・」
管理会社の担当の人は、どうも歯切れが悪かった。

問い合わせから1週間くらいして、管理会社の人から電話があった。
「問題は解決しましたので、もう大丈夫と思います」
「原因はなんだったんですか?」
「チャイムの不具合ですね」
「・・・不具合?」
「ええ」
同じ担当の人だったけど、先日の歯切れの悪い感じとは打って変わって、予行練習でもしたかのようにハキハキとしていた。

それから、たしかに、深夜にチャイムが鳴らされることはなくなった。
不具合というのは本当だったのだろうか。
ちょうど同じ頃、共有スペースのエレベーター前で変化があった。
それまではクリーム色の壁紙があるだけだったのだが、壁に一枚の絵が飾られていた。
なんの変哲もない、雑木林を描いた風景画だ。
なぜだかTさんはその絵が妙に気になった。
理由が知りたくて、ある時、絵をじっくり観察してみた。
すると、額の裏に何か貼ってあるのに気がついた。
黄ばんだわら版紙のような紙にミミズがのたくったような赤い文字。
それは、どこからどうみても魔除の「お札」だった。
どうしてこんなところに・・・。
Tさんは、深夜のチャイムの音を思い出した。
やはり、不具合などではなく、「お札」で封じ込めなければいけない何かがあったのではないか・・・。

その後、深夜のチャイムに悩まされることはなかったそうだが、
Tさんは、半年ほどとして引越しを決めたという。
そのマンションは今も豊洲にあるという。

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