トンネルと公衆電話と怖い話

これは、もう何十年も昔、Cさんが免許を取って間もなくに体験した怖い話だ。

Cさんはマイカーでドライブするのが小さい頃からの夢で、免許を取得してすぐに中古のワンボックスカーをローンで購入した。
マイカーを手に入れてからというもの、Cさんは、毎週のようにドライブに繰り出した。

そんなある日のことだった。
その日、Cさんは隣の県で一人暮らしをしている友達の家に車で遊びにいっていた。
帰る頃にはすっかり深夜だった。
友達の家からCさんの家に帰るまでには、山を一つ越えないとならず、街灯がほとんどない暗い峠道が多い。
対向車線も走ってなく、Cさんは心細い気持ちで車を走らせた。
音楽をかけてなんとか気を紛らわせていると、ライトの明かりの中にトンネルの入口が見えた。
深夜にこれほどひとけのないトンネルを抜けるのは少し勇気が必要だった。
Cさんはアクセルを踏み込み、早く抜けてしまおうと思ったのだが、もうすぐトンネルの入口に差し掛かかろうという時、車の速度が落ち始め、ついにはトンネルの入口前で停止してしまった。
こんなところでエンストするなんて、、、
「ふざけんなよ!」
思わず悪態が出てハンドルを叩いた。
ガソリンはまだ十分に入っている。
エンストの理由がわからない。
免許を取って日が浅いCさんは、車のトラブル対応の知識をあまり持っておらず、どうしたらいいのかがわからなかった。
少し待ったら別の車が通ってくれるかと思ったが、一台もあらわれない。
目の前には暗いトンネル。左右には雑木林の闇が広がっている。
一刻も早くここを離れたい。不安が募った。
ふと目を左に向けると、トンネルの入口に公衆電話があった。
まだ携帯電話が普及していない時代だ。
Cさんは、公衆電話で家に電話をかけて、両親にアドバイスをもらおうと考えた。
車を降りて、数m先の公衆電話に向かう。
公衆電話のすぐ近くにお地蔵さんがあった。
事故でもあったのかと一瞬頭をよぎったが、余計なことは考えないように、急いで公衆電話の中に入った。
落書きだらけの公衆電話に硬貨を入れて家に電話をかけた。
トゥルルルと呼び出し音が続く。
誰も電話に出てくれない。
今日は土曜日だから、もう寝ているのかもしれない。
諦めて受話器を置いた。
しばらく時間をあけて、もう一回かけるか、、、
一旦、車に戻ろうと振り返った瞬間、Cさんは腰を抜かしそうになった。
公衆電話の目の前に、人が立っていた。
60歳くらいのメガネをかけたおじさんだった。
頭はだいぶ寂しい感じで、セーターとスラックスという格好。学校の先生のような人だった。
「車、停まったの?」
と、おじさんが言った。
どうやらエンストに気づいて声をかけてくれたらしい。
幽霊ではないことに安心したものの、こんな夜更けにこのおじさんはなんでこんなひと気のない山道にいるのだろうという疑問は残った。
見たところ、車で来たわけでもなさそうだった。
Cさんは、ひとまず、公衆電話から出て、「そうなんです」とおじさんに答えた。
すると、おじさんは、左奥の雑木林の闇を指差し、「向こうに私の家があるから、道具持ってきて、車見てあげるよ。キミは家で休んでていいよ」
と言った。
天の助けとはまさにこのことだった。
Cさんは飛び上がらんばかりの喜びで、「本当ですか?」と答えた。
「うん、ついておいで」
そういうや、おじさんは藪の中にさっさと入っていった。
慌ててCさんはあとを追った。
おじさんは藪をかきわけかきわけ道なき道を進んでいった。あとをついていくCさんの顔には、容赦なく小枝や固い葉がぶつかった。
おじさんの懐中電灯がなければ完全な闇だ。
おじさんはスタスタと迷いなく藪を進んでいく。
もっとマシな道ないのかよ、、、内心、悪態をつきながら恩人にそんなことは言えず、Cさんは黙ってあとについていった。
振り返ると、車はもう闇の中に没して見えなかった。
はぐれたら遭難でもしそうだ。
Cさんは、できるだけ、おじさんと距離を詰めてあとに続いた。
15分ほど歩いただろうか、ようやく目の前が開けた。
暗闇の中に、建物らしき影が見えた。
ずいぶんと大きい建物だった。
周りは雑木林に囲まれていて、他には何の建物もなさそうだ。
こんな人里離れたところに、このおじさんは暮らしているのか。
おじさんが懐中電灯を上に向けると、建物にライトが当たって、外観が見えた。
Cさんは、ギョッと足を止めた。
これって、、、。
建物は見るからに廃墟だった。
ガラス窓は割れ、いたるところが荒廃していた。
おそらく以前は、旅館かホテルだったのだろう。
大きな正面玄関の奥に、ロビーのような空間が見えた。
おじさんがクルリと振り返って、ライトをCさんに向けた。
眩しくて、おじさんの姿も建物も見えなくなった。
「さぁ、ついたよ」
おじさんが、ゆっくりとCさんの方に近づいてくる。
逆光でおじさんの姿は、黒いシルエットにしか見えない。
Cさんは、自然と後ずさりしていた。
この人は、何者なんだ、、、
なんでこんな廃墟に連れてきたんだ、、、
Cさんは、グルリと踵を返すと、来た道を全速力で走って逃げた。
明かりはないので、方向はさっぱりわからない。
がむしゃらに藪をかきわけ、とにかく走った。
途中、木の幹にぶつかっても、根に足をひっかけても、止まらずとにかく走った。
振り返ると、懐中電灯の明かりがあとを追ってきていた。
追いつかれたらダメだ。
その一心だった。
ひたすら走り続けると、ふいに藪が途切れて、元のトンネル前の道に出た。
Cさんは残された力で、自分の車に飛び乗り、鍵をかけた。
懐中電灯の明かりはまだ見えない。
無我夢中でエンジンをかけてみると、一発でエンジンがかかった。
(やった!)
Cさんはアクセルを一気に踏み込み、トンネルに入っていった。
バックミラーで後方を確認すると、トンネルの入口に懐中電灯を手にしたおじさんが立っていた。
なんなんだ、あの人、絶対、おかしい、、、
車の調子が直らなかったらどうなっていたのか、想像するだけで恐ろしかった。
ふと、バックミラーに写るおじさんに動きがあった。
車を追いかけて、走り始めたのだ。
まだ、追ってくる気かよ、、、
Cさんは信じられない思いだった。
追いつけるわけがないのに、どうかしてる、、、
しかし、奇妙なことに、バックミラーに写るおじさんの姿が一向に小さくならない。
そればかりか、こころなしか大きくなってきている気がする。
速度計を見ると50kmにさしかかっている。
そんな、ありえない、、、
Cさんはアクセルをさらに踏み込んだ。
ところが、バックミラーのおじさんの姿は、さらに大きくなっていた。
50km以上出している車に追いついてきている。
化け物だ、、、
Cさんは全身の血の気が引く思いだった。
ついには、おじさんの顔の表情まで見えるようになった。
全身をバネのようにしならせて走っているのに、おじさんの顔は全くの無表情だった。
真一文字に口を結び息も切らせていない。
怖い、怖い、怖い、怖い、、、
ハンドルを握る手は汗でびっしょりだった。
前方にトンネルの出口が見えてきた。
おじさんは、手を伸ばせば、トランクに届きそうな距離まで近づいてきていた。
Cさんの車は猛スピードでトンネルの出口を抜けた。
次の瞬間、ライトの中に真っ白なガードレールが浮かびあがった。
トンネルの先は、すぐカーブだったのだ。
Cさんは慌てて右にハンドルを切った。
アスファルトとタイヤがこすれる嫌な音がした。 
衝突すると思ったが、ギリギリで車はガードレールを避けて止まった。
死ぬかと思った、、、
Cさんは生きた心地がしなかった。
ハッとして、慌ててバックミラーを確認した。
トンネルの出口が見えたが、おじさんの姿はどこにもなかった、、、

後日、調べてみたところ、Cさんの車がエンストしたトンネルは、よく車が故障したり、ドライバーが不調を訴えることで有名な場所だった。
トンネルの先にはダム湖があって、もしCさんが曲がり切れず突っ込んでいたらダムに真っ逆さまになっていたことだろう。
そんな不吉なスポットについて調べていると、こんな噂を聞いた。
あのトンネル近辺では、乗り捨てられたまま持ち主が消えた乗用車がよく発見されるのだという、、、
脳裏に、無表情で追いかけてくるおじさんの顔が浮かんだ。
もし、あの時、追いつかれていたら、自分もそうなっていたかもしれない、、、Cさんはそう思って身震いした。

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