【怖い話】ナクシモノ

「なくしたものを探したらいけない」

Aさんの実家がある集落には、そういう言い伝えがあった。
「なくしもの」というのは、あの世とこの世の狭間である隠り世にあるので、なくしものを探すと気づかないうちに自分自身が隠り世に迷い込んでしまうのだという。
Aさんは子供心に半信半疑で言い伝えを聞いていたけど、いざ何かをなくした時、その言い伝えを思い出して、見つけるのを諦めることが多かった。

Aさんは、大学進学を機に、実家を離れて街で一人暮らしをすることになった。
大学で仲良くなった友達の中に、頻繁にモノをなくすCさんという子がいた。
「家の鍵をなくした」「財布をなくした」
そんな話がしょっちゅうあって、周りの友達はなくしもの探しにしばしば巻き込まれた。
そういう時、Aさんは、口では心配しながらも集落の言い伝えが頭をよぎって、あまり積極的に手伝ったりはしないようにしていた。
ある時、Aさんは、冗談半分で、集落の言い伝えをCさんに教えてみた。
Cさんが、ほんの少しでも、モノをなくさないよう注意してくれるようになったらと思ったのだ。

ところが、それからしばらくして、Cさんが両親から贈ってもらった大切なネックレスを大学構内でなくすという出来事が起きた。
しかも、その時、Cさんと一緒にいたのはAさんだけだった。
慌ててネックレスを探すCさんを放っておくわけにもいかず、Aさんも手分けして探すのを手伝うことにした。
20分ほど洗面所や食堂など思い当たる場所を探し回っていると、Cさんから「見つけた」とメッセージが届いた。
「よかったね」
そう返事をして、Aさんは、待ち合わせ場所の校門前に向かった。

ところが、いくら待ってもCさんが校門に現れない。
「もう少し時間かかる?」
そうメッセージを送ってみると、「もういるよ」と返事がきた。
けど、あたりを見回してもCさんの姿はない。
電話をかけてみても、
「私もいるよ?」「え、どこ?」
どうにも会話が噛み合わない。
せっかく探すのを手伝ったのに、Cさんにからかわれている気がして、Aさんは頭にきた。
結局、Aさんは、バイトの時間が差し迫っていたので、Cさんと合流するのは諦めて、バイト先へと向かった。

その日以降も、Aさんは、Cさんと変わらずメッセージや電話のやりとりをしているが、まだ一度も顔を合わせていない。
同じ教室、同じキャンパスにいるはずなのに、なぜかCさんだけ見かけない。
ただ単に、すれ違いが続いていて、会う機会がないだけだと思うのだけど、Aさんは徐々に不安な気持ちになっていった。

このままずっとCさんと会えないのではないか。

もしかしたら、Cさんは、「なくしもの」を探してしまったせいで隠り世に迷い込んでしまったのではないか。
それを確かめるには、Cさんともう一度待ち合わせをして確認すればいい。
けど、Aさんはどうにも怖くなって、しまいには大学にも通えなくなり家から一歩も出られなくなってしまった。

Aさんの心がそこまで苛まれたのは、ある可能性が頭から離れなくなったしまったからだ。
隠り世に迷い込んでしまったのはCさんの方ではなく、村の言い伝えを破って「なくしもの」を探すのを手伝ってしまったAさんの方なのではないか。
次第に大学でのキャンパスライフが現実とは思えなくなり、怖くて誰とも会えなくなってしまったのだという・・・。

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